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ベートーベン:交響曲第7番イ長調 作品92
セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1959年10月29&30日録音をダウンロード
深くて、高い後期の世界への入り口
「不滅の恋人」は「アマデウス」と比べるとそれほど話題にもなりませんでしたし、映画の出来そのものもいささか落ちると言わなければなりません。しかし、いくつか印象的な場面もあります。(ユング君が特に気に入ったのは、クロイツェル・ソナタの効果的な使い方です。ユング君はこの曲が余りよく分からなかったのですが、この映画を見てすっかりお気に入りの曲になりました。これだけでも、映画を見た値打ちがあるというものです。)
それにしても、「アマデウス」でえがかれたモーツァルトもひどかったが、「不滅の恋人」でえがかれたベートーベンはそれに輪をかけたひどさでした。
第9で、「人類みな兄弟!!」と歌いあげた人間とは思えないほどに、「自分勝手」で「傲慢」、そしてどうしようもないほどの「エキセントリック」な人間としてえがかれていました。一部では、あまりにもひどすぎると言う声もあったようですが、ユング君は実像はもっとひどかったのではないかと思っています。
偉大な音楽家達というものは、その伝記を調べてみるとはっきり言って「人格破綻者」の集まりです。その人格破綻者の群の中でも、とびきりの破綻者がモーツァルトとベートーベンです。
最晩年のぼろ屑のような格好でお疾呼を垂れ流して地面にうずくまるベートーベンの姿は、そのような人格破綻者のなれの果てをえがいて見事なものでした。
不幸と幸せを足すとちょうど零になるのが人生だと言った人がいました。これを才能にあてはめると、何か偉大なものを生み出す人は、どこかで多くのものを犠牲にする必要があるのかもしれません。
この交響曲の第7番は、傑作の森と言われる実り豊かな中期の時期をくぐりぬけ、深刻なスランプに陥ったベートーベンが、その壁を突き破って、後期の重要な作品を生み出していく入り口にたたずむ作品です。
ここでは、単純きわまるリズム動機をもとに、かくも偉大なシンフォニーを構築するという離れ業を演じています。(この課題に対するもう一つの回答が第8交響曲です。)
特にこの第2楽章はその特徴のあるリズムの推進力によって、一つの楽章が生成発展してさまをまざまざと見せつけてくれます。
この楽章を「舞踏の祝祭」と呼んだのはワーグナーですが、やはり大したものです。
そしてベートーベンはこれ以後、凡人には伺うこともできないような「深くて」「高い」後期の世界へと分け入っていくことになります。
セルの演奏の中では珍しく相性の悪い録音です。
数あるセルのベートーベン演奏の中で、一番しっくりこなかったのがこの第7番でした。何だかこぢんまりとして響きもモノトーンな雰囲気で、この作品に絶対にほしい「躍動感」みたいなものが欠落しているように感じていました。響きも固くて色気がなく、さすがのセル好きの私もこの演奏だけは敬遠していました。
しかし、「Voyage MPD」という最近お気に入りのシステムでこの録音を聞くと、響きが固くて色気がないと思っていたオケが、意外なほどにしっかりと筋肉をまとっていることに気づかされました。響きがモノトーンなところは、基本的には変わっていませんが、しかし色気がないと言うほどの愛想のなさでもないことに気づかされました。
この響きがモノトーンになるというのは、セルの信条とも言うべき「全ての楽器が等質性を持って鳴り響く」という理想から言えば、ある意味仕方のないことです。しかし、それが悪い再生システムだと「色気」まで殺ぎ落ちてカサカサに響いていたのですが、しっかりとしたシステムで聞くとそこまで酷くないことには気づかされました。
とは言え、どうしても全ての楽器がセルの掌の中で行儀よく鳴り響くので、この作品が本来持っているであろう「狂」的な側面が希薄で、あまりにも全てが整然と鳴り響きすぎていることは否定できません。
セル好きを公言している私がここまでセルの演奏に駄目出しを出すのは珍しいのですが、新たな響きでもう一度この録音と対面して、昔ほど強い否定的な思いはなくなりましたが、それでも積極的勧めようとまでは思えませんでした。
私個人としては、セルの演奏としては珍しいほど相性が悪いのですが、皆さんはどのように聞かれるのかには、とても興味があります。
ついでながら、ベト7に関しては、個人的にはクレンペラーのステレオ録音盤が一押しです。あの全てをなぎ倒していくような重戦車のような演奏を聴いてしまうと、他は全ておとなしく聞こえてしまいます。さらに言えば、音は悪いですが第2次大戦下のフルヴェンのライブ録音です。
この作品には、何かそのような「狂」的なものが必要なように思えます。その意味では、このあまりにも整理されすげて、整然と鳴り響くセルの7番はそれらの対極にあるような気がします。