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メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64

Vn.シュナイダーハン フリッチャイ指揮 ベルリン放送交響楽団 1956年9月19日?23日録音



ロマン派協奏曲の代表選手

メンデルスゾーンが常任指揮者として活躍していたゲバントハウス管弦楽団のコンサートマスターであったフェルディナント・ダヴィットのために作曲された作品です。ダヴィッドはメンデルスゾーンの親しい友人でもあったので、演奏者としての立場から積極的に助言を行い、何と6年という歳月をかけて完成させた作品です。

この二人の共同作業が、今までに例を見ないような、まさにロマン派協奏曲の代表選手とも呼ぶべき名作を生み出す原動力となりました。
この作品は、聞けばすぐに分かるように独奏ヴァイオリンがもてる限りの技巧を披露するにはピッタリの作品となっています。かつてサラサーテがブラームスのコンチェルトの素晴らしさを認めながらも「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときにヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?」と語ったのとは対照的です。
通常であれば、オケによる露払いの後に登場する独奏楽器が、ここでは冒頭から登場します。おまけにその登場の仕方が、クラシック音楽ファンでなくとも知っているというあの有名なメロディをひっさげて登場し、その後もほとんど休みなしと言うぐらいに出ずっぱりで独奏ヴァイオリンの魅力をふりまき続けるのですから、ソリストとしては十分に満足できる作品となっています。。

しかし、これだけでは、当時たくさん作られた凡百のヴィルツォーゾ協奏曲と変わるところがありません。
この作品の素晴らしいのは、その様な技巧を十分に誇示しながら、決して内容が空疎な音楽になっていないことです。これぞロマン派と喝采をおくりたくなるような「匂い立つような香り」はその様なヴィルツォーゾ協奏曲からはついぞ聞くことのできないものでした。また、全体の構成も、技巧の限りを尽くす第1楽章、叙情的で甘いメロディが支配する第2楽章、そしてファンファーレによって目覚めたように活発な音楽が展開される第3楽章というように非常に分かりやすくできています。

確かに、ベートーベンやブラームスの作品と比べればいささか見劣りはするかもしれませんが、内容と技巧のバランスを勘案すればもっと高く評価されていい作品だと思います。

甘くない「メンコン」


おそらくの録音をお聞きになって物足りなさを覚える人も多いでしょう。そして、そう言う思いは決して間違ってはいないと思います。
しかし、この録音を聞いて、何だかシュナイダーハンというヴァイオリニストの本質みたいなものが少しは分かったような気がしたのも事実です。

メンデルスゾーンのコンチェルトなんですから、もう少し大げさに身振り手振りを交えて「泣いて」みても決して批判はされないはずです。いや、それどころか、そう言う「甘さ」みたいなものを聞き手は期待するでしょうし、それが許される作品でもあるはずです。
ところが、シュナイダーハンは、そう言う「外連味」にあたるような部分を徹底的に避けて、まさに意図的に素っ気なくこの作品を仕上げています。
ヴィヴァルディの四季を聞いたときも、その厳しいまでの造形に驚かされたのですが、そう言う「方向性」はこういうロマン派のコンチェルトにおいても徹底されていたわけです。
しかし、聞くところによると、彼はこのメンデルスゾーンのコンチェルトをよく演奏会では取り上げていたようで、フルトヴェングラーともこの作品で共演したことがあるようです。どちらかと言えば「曲線」的な作品作りをするフルトヴェングラーを相手にどんな演奏をしたのかと興味をひかれますが、残念ながら録音は残っていないようです。

また、もう少し調べてみると、演奏会ではよく取り上げた作品であるのに録音はこれ一つしか残っていないようです。そう言う意味では、これは彼にとっての満足のいく「最終形」だったと言えるのでしょう。
メンデルスゾーンのコンチェルトを聴きたい人にとって、この録音は決して「ファーストチョイス」にはならないでしょうが、いろいろ聞いたあとに少しテイストの違う「メンコン」を聞きたい人には面白い録音であることは事実です。