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モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K216

Vn:フランチェスカッティ ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1958年12月録音


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断絶と飛躍

モーツァルトにとってヴァイオリンはピアノ以上に親しい楽器だったかもしれません。何といっても、父のレオポルドはすぐれたヴァイオリン奏者であり、「ヴァイオリン教程」という教則本を著したすぐれた教師でもありました。
ヴァイオリンという楽器はモーツァルトにとってはピアノと同じように肉体の延長とも言える存在であったはずです。そう考えると、ヴァイオリンによるコンチェルトがわずか5曲しか残されていないことはあまりにも少ない数だと言わざるを得ません。さらにその5曲も、1775年に集中して創作されており、生涯のそれぞれの時期にわたって創作されて、様式的にもそれに見あった進歩を遂げていったピアノコンチェルトと比べると、その面においても対称的です。

創作時期を整理しておくと以下のようになります。

・第1番 変ロ長調 K207・・・4月14日
・第2番 ニ長調 K211・・・6月14日
・第3番 ト長調 K216・・・9月12日
・第4番 ニ長調 K218・・・10月(日の記述はなし)
・第5番 イ長調 K219・・・12月20日

この5つの作品を通して聞いたことがある人なら誰もが感じることでしょうが、2番と3番の間には大きな断絶があります。1番と2番はどこか習作の域を出ていないかのように感じられるのに、3番になると私たちがモーツァルトの作品に期待するすべての物が内包されていることに気づかされます。
並の作曲家ならば、このような成熟は長い年月をかけてなしとげられるのですが、モーツァルトの場合はわずか3ヶ月です!!
アインシュタインは「第2曲と第3曲の成立のあいだに横たわる3ヶ月の間に何が起こったのだろうか?」と疑問を投げかけて、「モーツァルトの創造に奇跡があるとしたら、このコンチェルトこそそれである」と述べています。そして、「さらに大きな奇跡は、つづく二つのコンチェルトが・・・同じ高みを保持していることである」と続けています。

これら5つの作品には「名人芸」というものはほとんど必要としません。時には、ディヴェルティメントの中でヴァイオリンが独奏楽器の役割をはたすときの方が「難しい」くらいです。
ですから、この変化はその様な華やかな効果が盛り込まれたというような性質のものではありません。
そうではなくて、上機嫌ではつらつとしたモーツァルトがいかんなく顔を出す第1楽章や、天井からふりそそぐかのような第2楽章のアダージョや、さらには精神の戯れに満ちたロンド楽章などが、私たちがモーツァルトに対して期待するすべてのものを満たしてくれるレベルに達したという意味における飛躍なのです。
アインシュタインの言葉を借りれば、「コンチェルトの終わりがピアニシモで吐息のように消えていくとき、その目指すところが効果ではなくて精神の感激である」ような意味においての飛躍なのです。

さて、ここからは私の独断による私見です。
このような素晴らしいコンチェルトを書き、さらには自らもすぐれたヴァイオリン奏者であったにも関わらず、なぜにモーツァルトはこの後において新しい作品を残さなかったのでしょう。
おそらくその秘密は2番と3番の間に横たわるこの飛躍にあるように思われます。
最初の二曲は明らかに伝統的な枠にとどまった保守的な作品です。言葉をかえれば、ヴァイオリン弾きが自らの演奏用のために書いた作品のように聞こえます。(もっとも、これらの作品が自らの演奏用にかかれたものなのか、誰かからの依頼でかかれたものなのかは不明ですが・・・。)しかし、3番以降の作品は、明らかに音楽的により高みを目指そうとする「作曲家」による作品のように聞こえます。
父レオポルドはモーツァルトに「作曲家」ではなくて「ヴァイオリン弾き」になることを求めていました。彼はそのことを手紙で何度も息子に諭しています。
「お前がどんなに上手にヴァイオリンが弾けるのか、自分では分かっていない」
しかし、モーツァルトはよく知られているように、貴族の召使いとして一生を終えることを良しとせず、独立した芸術家として生きていくことを目指した人でした。それが、やがては父との間における深刻な葛藤となり、ついにはザルツブルグの領主との間における葛藤へと発展してウィーンへ旅立っていくことになります。その様な決裂の種子がモーツァルトの胸に芽生えたのが、この75年の夏だったのではないでしょうか?
ですから、モーツァルトにとってこの形式の作品に手を染めると言うことは、彼が決別したレオポルド的な生き方への回帰のように感じられて、それを意図的に避け続けたのではないでしょうか。
注文さえあれば意に染まない楽器編成でも躊躇なく作曲したモーツァルトです。その彼が、肉体の延長とも言うべきこの楽器による作曲を全くしなかったというのは、何か強い意志でもなければ考えがたいことです。
しかし、このように書いたところで、「では、どうして1775年、19歳の夏にモーツァルトの胸にそのような種子が芽生えたのか?」と問われれば、それに答えるべき何のすべも持っていないのですから、結局は何も語っていないのと同じことだといわれても仕方がありません。
つまり、その様な断絶と飛躍があったという事実を確認するだけです。

悪い人


フランチェスカッティという名前も今では随分と過去のものになってしまいました。
同時代のヴァイオリニストというとまずはハイフェッツ、そしてオイストラフ、ミルシテインあたりがあげられますが、そう言う大物たちと比べるといささか影が薄い存在であることは間違いありません。
現役バリバリの時代にはパガニーニのスペシャリストとして、その超絶技巧が売りでしたが、ハイフェッツと同じ時代に活動しなければいけなかったのが彼の不幸だったのでしょう。そして、ハイフェッツは別格としても、オイストラフの重厚さやミルシテインの美音というような、それ以外の「売り」がいまいち不足していたことも影が薄くなった原因かもしれません。

正直言って、このモーツァルトのコンチェルトも最初聴いたときはあまり気に入りませんでした。フランチェスカッティのヴァイオリンの音色は基本的に細身で、ハイフェッツのような強靱さもありません。それが、厚みのあるぼってりとしたワルターの響きと組み合わされると、どうにもパッとしないのです。
これが、セルとスターンのように、かっちりと端正な響きのオケをバックに濃厚なヴァイオリンが組み合わされると妙においしい雰囲気になるのですが、どうも逆はいただけないのです。

しかも、彼の録音を聴き直してみると、テクニック的には問題ないように思うのですが、なんだか妙に音がずれているように感じる場面があります。特に、カデンツァの部分にくるとそう言う雰囲気が漂うので、「なんだかなぁ・・・」と思ったのですが、聞き進んでいくうちに、その妙な「ズレ」みたいなものが醸し出す雰囲気が結構面白くなってきました。
こういう雰囲気は上手いだけのヴァイオリニストには絶対に出せない風情だな、等と思っている時に、こんな内容のメールをいただいたきました。

「最初にクラシック音楽体験をしたのは、父が持っていたモノラルLPレコードでした。どういうわけか、バイオリンコンチェルトが多く、父の好みはフランチェスカッティの華麗な音色とダンディーなスタイルです。・・・パガニーニのフィナーレで、バイオリンの最高音で三度のハーモニーを聴かせながら美しいメロディーを奏でる所の音程が悪いのが気に掛かりました。最近の録音で聴くと、音程は良いのですが簡単そうに弾くので面白みに欠けます。やはり、芸の違いでしょうかね。あの音色を聴かせるために音程を操作していたのなら、本当に悪人です。あの危うさは、意識的で、雰囲気は妖しく聴く人の背中をぞくっとさせます。」

なるほど、「悪い人」とは言い得て妙だと思いましたが、ここで、そうかフランチェスカッティはフランス人だったなと言うことを思い出しました。こういう「悪い」雰囲気はやはりラテンの気質なのかもしれません。そう思えば、これはゲルマンに押しつぶされそうになりながらも、際どいところを「洒落」でかわした演奏なのかもしれません。