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ベートーベン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 Op.15


(P)ルービンシュタイン クリップス指揮 シンフォニー・オブ・ジ・エア 1956年12月16日録音をダウンロード


若きベートーベンの自信作・・・大協奏曲!!



この作品は番号は1番ですが、作曲されたのは2番よりも後です。現行の2番は完成した後に筆を加えたり出版が遅れたりして番号が入れ替わってしまったわけです。
ベートーベンは第2番の協奏曲の方にはたんに「協奏曲」として出版していますが、この第1番の方は「大協奏曲」としています。それはこの作品に寄せる並々ならぬ自信の作品でもあったわけですが、大編成の管弦楽とそれに張り合うピアノの扱いなどを見ると、当時としては大協奏曲と銘打っても不思議ではない作品となっています。

この作品はベートーベンがウィーンに出てきて間もない頃に書かれたと言われています。当時のベートーベンは作曲家としてよりもピアニストとして認められていたわけですから、モーツァルトと同様に、自らの演奏会のためにこのような作品は必要不可欠だったわけです。
演奏効果満点の第1楽章と、将来のベートーベンを彷彿とさせるに十分な激しさを内包した最終楽章、そしてもこれもまたベートーベンを特徴づける詩的な美しさをもったラルゴの第2楽章。どれをとっても演奏会用のピースとして求められるあらゆる要素をもったすぐれモノの協奏曲です。

なお、この作品の第1楽章にはベートーベン自身による3種類のカデンツァが残されていますが、これらは作曲当時に書かれたものではなくて、かなり後になってからルドルフ大公のために書かれたものだと言われています。

他人の話はあてにならない

ルービンシュタイン、ベートーベンのピアノ協奏曲と並べてみれば、誰しもが連想するのが最晩年に録音したバレンボイムとの演奏でしょう。この録音は不思議なことに評論家筋の評判はいたってよろしくない。ところが、レコ芸のリーダーズ・チョイスなどでは必ず上位に食い込んでくるのです。
これに限ったことではないのですが、ルービンシュタインと言えば、60年代以降のステレオ録音を持って語られることが一般的です。そして、そう言う一連の録音を「一音一音を愛おしむように演奏している」と好意的に受け取れる人はルービンシュタインにも好意的になれるのですが、「あのつまらないステレオ録音の人」と判断してしまう人にとっては「チェックに値しない」という不幸な事になってしまうのです。
どうやら、ごく普通のクラシック音楽ファンはルービンシュタインのステレオ録音を好意的に受け入れていたのに対して、評論家筋の人はチェックに値しないと切って捨てていたようです。

いつも言っていることですが、これは実に不幸なことです。
新録音がでれば、それは旧の録音よりすぐれていることにしないと売れません。
「年老いたルービンシュタインによる新録音登場!!」では売れないので、あれこれの「言葉のマジック」を駆使して持ち上げることになるのですが、一番困るのは、その新録音の登場によって旧録音が廃盤になってしまうことです。そして、その結果として最晩年の録音によって多くの演奏家は評価され、死んだ後もその評価が固定してしまうことです。

ですから、パブリックドメインの中から、そのような「固定」してしまった評価を覆せるような録音を見つけ出すことは管理人にとっての最大の喜びです。

ルービンシュタインは、ベートーベンの協奏曲を3回録音しています。



この中で、クリップス&シンフォニー・オブ・ジ・エアとの録音は「凡庸な演奏」として切って捨てられていて、その存在自体がほとんど知られていませんでした。何故に、凡庸な演奏と評価されたのかと言えば、それはアメリカの高名な評論家がそのように切って捨てたからです。
しかし、あれこれ調べてみると、日本ではそれほどの酷評はなかったようです。しかしながら、ラインスドルフとの録音がリリースされると静かに主役の座を明け渡し、さらにバレンボイム盤が登場すると記憶からも消え去っていくことになりました。

切って捨てたアメリカの高名な評論家は、クリップスの指揮がベートーベンを演奏する指揮者としては凡庸の極みだと酷評していたそうです。そんなこともあって、正直に申し上げると、それほどの期待もなく、「集中試聴」のために「義務感」のおかげで(^^;、順番に第1番から聞き始めただけでした。

聞き始めてまず驚いたのは、ステレオ録音だったことです。56年のRCA録音ですから、これは考えてみれば当然です。
しかし、冒頭のオケの響きが実に素晴らしくて、「これのどこが凡庸極まるベートーベンなの?」って感じです。そして、その立派なオケの響きに導かれてルービンシュタインのピアノが入ってくると、その素晴らしくも強靱な響きに度肝を抜かれました。ただし、これは既にショパンのマズルカやノクターンを聴いていたので、ある程度は予想し、楽しみにもしていたことです。そして、その予想ははるかに高いレベルで現実のモノとなっていました。
もしも、あのバレンボイム盤でルービンシュタインというピアニストを評価していた人がいるならば、是非とも聞いてほしい録音だなぁと思いました。

しかし、何よりも素晴らしいのは、オケとピアノのバランス感覚です。

この録音は明らかに主導権はルービンシュタインの方にあります。
オケがピアノの響きを妨げるような場面は一瞬としてありません。しかしながら、オケが前面に出て主役となる場面では実に堂々たる響きを聞かせてくれます。
当然のことながら、このバランスの保持は全てクリップスによって行われています。ルービンシュタインは自分の興が趣くままに好き勝手、自由に演奏していて、そう言うわがままなピアノに対して「これしかない」と言うほどの絶妙なバランス感覚でオケをコントロールしているのは指揮者であるクリップスです。
そして、考えてみれば、これは56年の録音ですから、音量のバランスを後から調整することなどはほとんど不可能だったはずです。この絶妙のバランスは絶対に「録音によるマジック」ではありません。
怖れずに言いきってしまえば、ピアノ協奏曲におけるピアノとオケのバランスの取り方の理想がここにあります。

それにしても、このクリップスの指揮のどこをどのように聞けば、「ベートーベンを演奏する指揮者としては凡庸」などと切って捨てられたのでしょう。
さらに言えば、トスカニーニが引退することで「NBC交響楽団」から「シンフォニー・オブ・ジ・エア」となったオケも、未だに高いレベルを維持していることが分かります。

だから、他人の話なんてのはあてにならないのです。
最初は「義務的」に聞き始めたこの全集の試聴は、一転して、久しぶりに味わうスリリングな体験へと転化して、一気に第5番の「皇帝」まで聞き通しました。
個人的な感想としては、1番と5番がひときわ面白く聞くことができましたが、他の作品も全て高い水準の演奏であることは間違いありません。
これほど直線的で透明感があり、そして男性的な力感にも不足しない演奏はそうそう聴ける物ではありません。

これはどうやら、50年代にルービンシュタインは、隅から隅までチェックする必要がありそうです。

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