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ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 変ロ長調 op.56a
ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1960年1月18日&30日録音をダウンロード
変奏曲という形式にける最高傑作の一つ
これが、オーケストラによる変奏曲と括りを小さくすれば、間違いなくこの作品が最高傑作です。
「One of The Best」ではなく「The Best」であることに異論を差しはさむ人は少ないでしょう。
あまり知られていませんが、この変奏曲には「オーケストラ版」以外に「2台のピアノによる版」もあります。最初にピアノ版が作曲され、その後にオーケストラ版が作られたのだろうと思いますが、時期的にはほとんど同時に作曲されています。(ブラームスの作品は交響曲でもピアノのスコアが透けて見えるといわれるほどですから・・・)
しかし、ピアノ版が評判となって、その後にオーケストラ版が作られた、という「よくあるケース」とは違います。作品番号も、オーケストラ版が「Op.56a」で、ピアノ版が「Op.56b」ですから、ほとんど一体のものとして作曲されたと言えます。
この作品が作曲されたのはブラームスが40歳を迎えた1873年です。
この前年にウィーン楽友協会の芸術監督に就任したブラームスは、付属している図書館の司書から興味深いハイドンの楽譜を見せられます。野外での合奏用に書かれた音楽で「賛美歌(コラール)聖アントニー」と言う作品です。
この作品の主題がすっかり気に入ったブラームスは夏の休暇を使って一気に書き上げたと言われています。
しかし、最近の研究では、この旋律はハイドン自身が作曲したのではなく、おそらくは古くからある賛美歌の主題を引用したのだろうと言われています。
それが事実だとすると、、この旋律はハイドン、ブラームスと二人の偉大な音楽家を魅了したわけです。
確かに、この冒頭の主題はいつ聞いても魅力的で、一度聞けば絶対に忘れられません。
参考までに全体の構成を紹介しておきます。
主題 アンダンテ
第1変奏 ポコ・ピウ・アニマート
第2変奏 ピウ・ヴィヴァーチェ
第3変奏 コン・モート
第4変奏 アンダンテ・コン・モート
第5変奏 ヴィヴァーチェ
第6変奏 ヴィヴァーチェ
第7変奏 グラツィオーソ
第8変奏 プレスト・ノン・トロッポ
終曲 アンダンテ
冒頭の魅力的な主題が様々な試練を経て(?)、最後に堂々たる姿で回帰して大団円を迎えると言う形式はまさに変奏曲のお手本とも言うべき見事さです。
年寄りにしか表現できない世界
この演奏を聴いて、すっかり気に入ってしまいました。なるほど、こんな年の取り方というのもあるんだと、すっかり感心させられてしまいました。
ネット上を散見してみると、この作品のことを「大いに称揚する音楽評論家も見当たらず、音楽解説書にも漏れている事が多い。」不遇な作品と書かれている向きもあるようですが、なかなかどうして、一般的には古今東西の数ある変奏曲の中の最高傑作との呼び声も高い名品です。
その理由の一つとしてあげられるのが、その緻密な構成です。例えば、冒頭の主題の最後を締めくくる「変ロ音」の反復がその後の変奏で隠し味のように何度も姿を現して大切な役割を果たすとか、緩除楽章風の変奏とスケルツォ風の変奏が巧妙に組み合わされていて聞き手をあきさせないとか、さらには終結部がそれ自体でパッサカリアを形作っているとか、いくらでもその「凄さ」を指摘することができます。
しかし、私がこのワルターの演奏を聴いてすっかり感心したのは、そのような「小賢しい」ブラームスの手練手管を見事に再現しているからではありません。
そうではなくて、ワルターの演奏はそう言う細かい構造などは全く無視をしたかのように、見事なまでの大雑把さでこの作品を演奏してしまったことに感心したのです。結果として、ともすれば気に障ることの多いブラームスの小賢しさは後ろに退いて、代わりに彼の中にいつも根づいているロマンティシズムがこの上もない透明感で浮かび上がってくるのです。
なるほど、こういう演奏は、覇気とエネルギーに満ちた若者には絶対まねのできない芸当です。そして、同じような活力に満ちた若者にとっても不満の残る演奏であることも確かです。
しかし、例えば、枯れ葉舞い散る秋の風情に貫かれたような第4変奏を聞くだけで、定年を間近に控えたおじさんは、その「もののあわれ」にすっかり感心してしまうのです。
年をとるというのは辛いものです。
目も見えにくくなり耳も聞こえにくくなります。物忘れもひどくなり、体力も落ちて根気もなくなっていきます。
確かに、年をとったワルターには、ブラームスがこの作品に仕込んだあれこれの仕掛けを緻密に再現する根気はなくなっています。しかし、そう言う若さは失っても、年寄りにしか表現できない世界があることを教えてくれます。
聞き手自身も馬齢を重ねることで発見できた世界です。