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ワーグナー:管弦楽曲集

シューリヒト指揮 バイエルン放送交響楽団 1961年9月録音


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作品の簡単な解説

<「リエンツィ」序曲>
パリで不遇な時代を過ごしていたワーグナーが何とか成功を勝ち取りたいとの「鉄の意志」のもとに書き上げたのが「リエンティ」です。実際、ビューローが「マイアベーヤの最後のオペラ」と称したように、華麗で豪華な作品に仕上がっています。しかし、そのマイアベーヤの尽力があったにもかかわらずパリでの上演は成功せず、初演はドレスデンの歌劇場に行われることになります。
上演時間は6時間にも達するにもかかわらず(現在は整理がされて3時間半程度になっています)、この初演は熱狂的とも言える大成功をおさめ、無名のワーグナーを有名作曲家へと押し上げることになりました。
しかし、現在ではこれに続く「さまよえるオランダ人」と比べると評価は低く、編成の規模の大きさや上演時間の長さもあって歌劇場で上演されることはほとんどありません。CDを探してみても、全曲録音されたものは地元ドレスデンの歌劇場のものをのぞけばほとんど存在しないのではないでしょうか。そんな中で、この序曲だけはコンサートピースとしてよく演奏されます。

序曲はまずリエンツィが、民衆に革命を呼びかけるトランペットの動機から始まり、さらにリエンツィの祈りの歌「全能の天よ、護りたまえ」、リエンツィの雄叫び「聖なる魂の騎士」等が用いられていて、これを聴けば歌劇の全体が分かるという仕組みになっています。

<「ローエングリン」第1幕への前奏曲>
ワーグナーはこの前奏曲について「天使の群れによって運ばれてきた聖杯が、まばゆいばかりの高みから降臨してくる印象だ」と語っていたそうです。
なるほどね。
冒頭の、精妙極まるヴァイオリンの響きはまさに天使の群れ、その中から聖杯を象徴する旋律が姿を現します。それが次第に大きなクライマックスを築くと、音楽は再び天空の彼方に消え去っていくかのように静まり、そして消え去っていきます。ワーグナーにそう言われてみれば、確かに「○○でも分かる」音楽になっています。
しかし、驚くべきは、そこまでの分かりやすさに徹しながら、音楽は決して陳腐になっていないことです。それ故に、この音楽はいろいろな映画やドラマでも使われて、その音楽の力でどんなにつまらないシーンでも意味ありげに見えるような力を発揮しています。

大したものです。

<ジークフリート牧歌>
この作品の誕生に関わるエピソードはあまりにも有名です。

ジークフリート牧歌は、1870年、晴れて自分の妻となったコジマへの誕生日プレゼントとして創作されました。しかし、コジマの誕生日までそのプロジェクトは極秘であり、練習も家族に知られないように行われたと言います。
そして、誕生日当日の朝、コジマは美しい音楽で目をさますことになります。階段に陣取った17名の演奏家とワーグナーによる彼女へのプレゼントが同時に世界初演となったわけです。
そして、音楽が終わると、ワーグナーはうやうやしく総譜をコジマに手渡したと言います。

なかなかやるもんです。
そして、コジマと子供たちはこの作品を「階段の音楽」と呼んで何度も何度もアンコールしたと言うエピソードも伝わっています。

こういうお話を聞くとワーグナーってなんていい人なんだろうと思ってしまいます。しかし、事実はまったく正反対で、音楽史上彼ほど嫌な人間はそういるものではありません。(-_-;)おいおい

ただ、コジマとの結婚をはたし、彼女とルツェルンの郊外で過ごした数年間は彼にとっては人生における最も幸福な時間でした。そして、その幸福な時代の最も幸福なエピソードにつつまれた作品がこのジークフリート牧歌です。
それ故にでしょうか、この作品はワーグナーの作品の中では最も幸福な色彩に彩られた作品となっています
こういうのを聴くと、つくづくと人格と芸術は別物だと思わせられます。

<「マイスタージンガー」第3幕への前奏曲/徒弟たちの踊り/第1幕への前奏曲>
マイスタージンガーはワーグナーが作曲した唯一の喜劇と言うことになっています。ですから、ベックメッサー役に演技力が必要になるようで、私がウィーンで見たときもこのベックメッサー役に評判が集まっていました。しかし、面白味というものはその国と民族の文化に深く根ざしているようで、評判だというベックメッサーの演技もユング君には単なるオーバーアクションのように感じられて目障りでさえありました。ですから、日本人にとってこの作品を本当に「喜劇」として楽しむのは難しいだろうなと思った次第です。
それよりも、最終幕でマイスタージンガーたちが入場してくる場面のゾクゾクするような高揚感と、その後の圧倒的な盛り上がりに身も心も翻弄される凄さにただただ感心する方がこの作品は受容しやすいのかもしれません。

何しろ長い作品ですから、5時開演で終わったのが10時半ごろでした。ただただ長くて、おまけに「喜劇的なやりとり」は暗い場面で延々と続くので正直言ってそう言う場面は退屈してしまいます。少しは耳になじんでいる有名なアリアなんかだと遠のきかけた意識も戻るのですが、そうでない場面だとどうしてもうとうとと居眠りをしてしまいます。そして、再び意識が戻ってみても、居眠りをする前と何も変わることなく舞台の上で二人の男がやりとりしているので、これは大変なものだと心底恐れ入ったものです。
正直申し上げて、オペラという形式に慣れていない人にとって、この作品を最後まで聞き通すのはかなり敷居が高いと思います。その事は、マイスタージンガーだけでなく、トリスタンにしてもパルジファルにしてもワーグナーの楽劇では事情は全て同じようなものです。
しかし、そんな中でもこのマイスタージンガーはユング君にとっては一番聞き通すのが困難だった作品です。なぜならば、トリスタンやパルジファルは難しいことは分からなくても、音楽の流れに身を浸していると、たとえようもない陶酔感につつまれていきます。聞き手にしてみれば、その様な陶酔感につつまれているだけでもう十分だと思うことが出来ます。
また、これ以上に巨大な指輪にしても、聞いていくうちに4楽章構成の巨大なシンフォニーを聴いているような気分になることが出来ます。そう思ってくると、聞き続けるための手がかりみたいなものが自分の中に見えてきます。
ところが、このマイスタージンガーにはトリスタンのような陶酔感はありませんし、リングから感じ取れるような構成感も稀薄です。
ただ、最終幕の圧倒的な音楽の威力には正直言ってたまげました。そして、その音の威力は残念ながらオーディオを通しては感じ取ることが出来ないものでした。もう少し正確に言えば、到底オーディオというシステムの中には入りきらないほどの巨大さがこの作品にはあります。
聞き手にしてみれば、長い長い忍耐の末に、最後の最後に一気に開放されるわけで、その巨大さにこれ以上の音楽はないという思いにさせてくれます。そして、その最後の最後のクライマックス場面で「神聖ローマ帝国は露と消えても、我がドイツ芸術は永遠に不滅なり!!我らがザックス万歳!ハイル ザックス!!」と絶叫して終わるのですから、その意味では使い方を間違うと本当に怖い音楽になります。
ナチスはこの「ハイル ザックス!」の先に「第3帝国の永遠の不滅性」と「ハイル ヒトラー!!」をだぶらせたのですが、その2つが何の不整合を感じずにシームレスにつながっていく感触をその時リアルに感じてちょっと怖くなったものです。
もちろんその事はワーグナーに何の責任もない話ではありますが・・・。

[追記]
「マイスタージンガー」の前奏曲は「第3幕への前奏曲」→「徒弟たちの踊り」→「第1幕への前奏曲」という珍しい組み合わせになっています。これは、この楽劇を実際い聞いた人ならばすぐにピンと来ると思うのですが、この巨大な楽劇の圧倒的なクライマックスになだれ込んでいく雰囲気を疑似体験できる仕掛けになっています。
あの楽劇は暗くて地味な場面が延々と続くので、途中で寝ちゃったりするんですが、あのマイスタジンガーの入場から徒弟たちの踊り、そして「神聖ローマ帝国は煙と消えようとも・・・」という圧倒的な週末に向けてはパッチリと目が覚めます。(^^;ので、聞いていて非常に面白いです。

不幸中の幸い


1950年代から70年代にかけて「コンサート・ホール・ソサエティ(Concert Hall Society)」という会員制の通販レーベルが存在しました。入会すると、毎月小冊子と2枚の葉書が送られてきて、小冊子で紹介されている「今月のレコード」を購入したくないと思えば同封されている葉書で断りを入れるという仕組みでした。この「断り」を忘れると「今月のレコード」が自動的に送られてくると言うのですから、、今から考えればとんでもなく牧歌的なシステムでした。
有名・無名も含めて60年代を中心に膨大なコレクションを作り上げたレーベルなのですが、70年代に入ると売り上げが落ち込み幕を閉じることになります。

残念ながら、その膨大なコレクションの中の「無名」の部分は行方不明になっているものが多いようなのですが、さすがに有名どころはメジャーレーベルに買い上げられて何度か再発されています。その、何度も再発された有名どころのトップバッターがシューリヒトでした。
シューリヒトと言えば、今ではフルトヴェングラーやクナなどとも肩を並べる「巨匠」として認知されているのですが、生きているときの評価はパッとしませんでした。ただし、ウィーンフィルとの相性が良く、指揮者に厳しいことで知られるあのオーケストラから一目置かれる存在であったことは有名な話です。しかし、ヨーロッパの伝統として歌劇場での活躍が皆無に近い指揮者となかなか評価が上がらなかったようです。

そんなわけで、その最晩年においてもEMIなどのメジャーレーベルから声がかかることはなく、この「コンサート・ホール・ソサエティ」と言うレーベルでの録音が中心となります。しかし、今から考えてみると、録音の悪さで定評のある(^^;レーベルであっても、こういう形でまとまった録音が残ったことは不幸中の幸いでした。

私が調べた限りでは、シューリヒトが「コンサート・ホール・ソサエティ」に残した録音は以下の通りです。ただし、レーベルが倒産してからは音源が転々としているので、録音年月日やオーケストラなどの資料がかなり曖昧になっています。再発されるたびに表記が異なっている録音もありますので、細かい部分での手違いや抜けはあるかもしれません。
とは言え、これだけ残ったことは、やはり「幸い」と言うべきなのでしょう。


  1. シューベルト:交響曲第9番「グレイト」 シュトゥットガルト放送交響楽団 1960年9月

  2. メンデルスゾーン:劇音楽「真夏の夜の夢」抜粋 [35:01] バイエルン放送交響楽団 1960年9月

  3. メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」[10:18] シュトゥットガルト放送交響楽団 1960年9月

  4. J.シュトラウス:「ウィーン気質」 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年12月

  5. J.シュトラウス:「ジプシー男爵」序曲 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年12月

  6. J.シュトラウス:「シャンペンポルカ」 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年12月

  7. J.シュトラウス:「酒女歌」 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年12月

  8. J.シュトラウス:「常動曲」 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年12月

  9. J.シュトラウス:「南国のばら」 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年12月

  10. J.シュトラウス:「トリッチ・トラッチ・ポルカ」 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年12月

  11. J.シュトラウス:「宝のワルツ」 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1960年12月

  12. シューマン:「マンフレッド」序曲 シュトゥットガルト放送交響楽団 1961年9月

  13. シューマン:交響曲第3番「ライン」 シュトゥットガルト放送交響楽団 1961年9月

  14. バッハ:管弦楽組曲第2番 フランクフルト放送響 1961年9月

  15. バッハ:管弦楽組曲第3番 フランクフルト放送響 1961年9月

  16. ブラームス:交響曲第4番 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  17. ブラームス:悲劇的序曲 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  18. ヘンデル:アレクサンダーの饗宴 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  19. ヘンデル:合奏協奏曲Op.3?第4番 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  20. ヘンデル:合奏協奏曲Op.6?第10番 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  21. ヘンデル:合奏協奏曲Op.6?第4番 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  22. ワーグナー:「マイスタージンガー」第3幕への前奏曲/徒弟たちの踊り/第1幕への前奏曲 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  23. ワーグナー:「リエンツィ」序曲 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  24. ワーグナー:「ローエングリン」第1幕への前奏曲 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  25. ワーグナー:ジークフリート牧歌 バイエルン放送交響楽団 1961年9月

  26. ウェーバー:「オベロン」序曲 南西ドイツ放送交響楽団 1962年9月

  27. ウェーバー:「オイリアンテ」序曲 南西ドイツ放送交響楽団 1962年9月

  28. ニコライ:「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲 南西ドイツ放送交響楽団 1962年9月

  29. ブラームス:ハイドン変奏曲 南西ドイツ放送交響楽団 1962年9月

  30. ブラームス:交響曲第3番 南西ドイツ放送交響楽団 1962年9月

  31. メンデルスゾーン:序曲「ルイブラス」[8:55] 南西ドイツ放送交響楽団 1962年9月

  32. メンデルスゾーン:序曲「美しきメルジーネの物語」[11:25] 南西ドイツ放送交響楽団 1962年9月

  33. モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」 パリ・オペラ座管弦楽団 1963年5月

  34. モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」 パリ・オペラ座管弦楽団 1963年6月

  35. モーツァルト:交響曲第36番「リンツ」 パリ・オペラ座管弦楽団 1964年6月

  36. モーツァルト:交響曲第40番 パリ・オペラ座管弦楽団 1964年6月

  37. ブルックナー:交響曲第7番 ハーグ・フィルハーモニー管弦楽団 1964年9月

  38. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第1番 チューリヒ・バロック・アンサンブル 1966年5月

  39. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第2番 チューリヒ・バロック・アンサンブル 1966年5月

  40. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番 チューリヒ・バロック・アンサンブル 1966年5月

  41. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第4番 チューリヒ・バロック・アンサンブル 1966年5月

  42. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番 チューリヒ・バロック・アンサンブル 1966年5月

  43. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第6番 チューリヒ・バロック・アンサンブル 1966年5月



どの録音を聞いても、速めのテンポとエッジの立ったリズムで音楽がグイグイ進んでいきます。ただし、このレーベルの録音は響きが薄いので、そのせっかくの推進力が削がれるような場面もあるのが残念です。シューリヒトという人は「淡泊」とか「淡彩」いう言葉で表現されることが多いのですが、その多くの部分はこの録音の特性に由来しているのかもしれません。
実演で聞けば、雰囲気は随分と異なっていたのかもしれません。というのは、速めのテンポで音楽を進めながらも、ポイントでは結構グッと腰を下ろして見得を切るような場面があるからです。ところが、そう言う部分が響きの薄さで中和されてしまって、そう言う(不自然さを伴う場面も多いのですが・・・・)面白さがあまりダイレクトに伝わってこないのです。
ただし、最近になってデジタルのイコライザを導入してからは、そう言う部分を上手く補正する術が分かってきたので、やりようによっては結構面白く聞けることは申し添えておきましょう。

困るのは、この手の通販レーベルは「初出年」を確定するのがとても難しいことです。
録音年やオーケストラでさえいい加減になっているのですから、本当に困ってしまいます。