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ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18


バーンスタイン指揮 (P)ゲイリー・グラフマン ニューヨークフィル 1964年5月26日録音をダウンロード

  1. ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18 「第1楽章」
  2. ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18 「第2楽章」
  3. ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18 「第3楽章」

芸人ラフマニノフ



第3楽章で流れてくる不滅のメロディは映画「逢い引き」で使われたことによって万人に知られるようになり、そのために、現在のピアニストたちにとってなくてはならない飯の種となっています。
まあ、ラフマニノフ自身にとっても第1交響曲の歴史的大失敗によって陥ったどん底状態からすくい上げてくれたという意味で大きな意味を持っている作品です。(この第1交響曲の大失敗に関してはこちらでふれていますのでお暇なときにでもご覧下さい。)

さて、このあまりにも有名なコンチェルトに関してはすでに語り尽くされていますから、今さらそれにつけ加えるようなことは何もないのですが、一点だけつけ加えておきたいと思います。
それは、大失敗をこうむった第1交響曲と、その失敗から彼を立ち直らせたこのピアノコンチェルトとの比較です。

このピアノコンチェルトは重々しいピアノの和音で始められ、それに続いて弦楽器がユニゾンで主題を奏し始めます。おそらくつかみとしては最高なのではないでしょうか。ラフマニノフ自身はこの第1主題は第1主題としての性格に欠けていてただの導入部になっていると自戒していたそうですが、なかなかどうして、彼の数ある作品の中ではまとまりの良さではトップクラスであるように思います。

また、ラフマニノフはシンコペーションが大好きで、和声的にもずいぶん凝った進行を多用する音楽家でした。
第1交響曲ではその様な「本能」をなんの躊躇いもなくさらけ出していたのですが、ここでは随分と控えめに、常に聞き手を意識しての使用に留めているように聞こえます。
第2楽章の冒頭でもハ短調で始められた音楽が突然にホ長調に転調されるのですが、不思議な浮遊感を生み出す範囲で留められています。その後に続くピアノの導入部でもシンコペで三連音の分散和音が使われているのですが、えぐみはほとんど感じられません。
つまり、ここでは常に聞き手が意識されて作曲がなされているのです。
聞き手などは眼中になく自分のやりたいことをやりたいようにするのが「芸術家」だとすれば、常に聞き手を意識してうけないと話は始まらないと言うスタンスをとるのが「芸人」だと言っていいでしょう。そして、疑いもなく彼はここで「芸術家」から「芸人」に転向したのです。ただし、誤解のないように申し添えておきますが、芸人は決して芸術家に劣るものではありません。むしろ、自称「芸術家」ほど始末に悪い存在であることは戦後のクラシック音楽界を席巻した「前衛音楽」という愚かな営みを瞥見すれば誰でも理解できることです。
本当の芸術家というのはまずもってすぐれた「芸人」でなければなりません。
その意味では、ラフマニノフ自身はここで大きな転換点を迎えたと言えるのではないでしょうか。

ラフマニノフは音楽院でピアノの試験を抜群の成績で通過したそうですが、それでも周囲の人は彼がピアニストではなくて作曲家として大成するであろうと見ていたそうです。つまりは、彼は芸人ではなくて芸術家を目指していたからでしょう。ですから、この転換は大きな意味を持っていたと言えるでしょうし、20世紀を代表する偉大なコンサートピアニストとしてのラフマニノフの原点もここにこそあったのではないでしょうか。

そして、歴史は偉大な芸人の中からごく限られた人々を真の芸術家として選び出していきます。
問題は、この偉大な芸人ラフマニノフが、その後芸術家として選び出されていくのか?ということです。
これに関しては私は確たる回答を持ち得ていませんし、おそらく歴史も未だ審判の最中なのです。あなたは、いかが思われるでしょうか?

60年盤の埋め合わせ?

バーンスタインはCBSとの間に録音する作品を自由に選ぶ権利が保障されていたそうです。
ですから、このラフマニノフの2番を64年に録音したのは、レーベルからの要請ではなくて完全にバーンスタイン自身の意志だったことがうかがえます。何故ならば、ラフマニノフの2番は既にアントルモンとのコンビで既に60年に録音をしているからです。
カタログ的には完全なダブりとなる再録音をレーベル側が要請するとは思えません。

それでは、そうしてそんな「無駄」としか思えないような再録音を行ったのかと言えば、それはバーンスタインの側にどうしてももう一度録音しておきたい事情があったとしか思えないのです。
そして、その再録音したかった事情は60年盤の第2楽章にあると思われます。

60年盤をアップしたときに、こんなコメントをつけていました。

「この第2楽章における思い入れたっぷりの歌わせ方は尋常ではありません。ここでは、完全に伴奏とソリストの主従が逆転しています。
さらに勘ぐれば、バーンスタインはここをこんな風に演奏したかったので、当時売り出し中の若手ピアニストだったアントルモンを起用したのではないかと思ってしまいます。

さらに驚くのは、中間部でピアノのカデンツァが終わって冒頭のメロディが帰ってくる部分で、なんとバーンスタインのものと思われる「うなり声」が入っているのです。それも、最初は躊躇いがちに聞こえるのですが、オーケストラが大きく盛り上がっていくにつれてそのうなり声は完全に「逝っちゃってる」レベルにまで高まっていきます。」

おそらく、恥も外聞もなくうなり声を上げて音楽に没頭してしまっている録音は、さすがに不味いと思ったのか、それとも恥ずかしいと思ったのかは分かりませんが、彼としてはどうやら消してしまいたい過去だったのでしょう。
もちろん、本当のところは本人に聞いてみないと分からないのですが、この64年盤を聞いてみると、あの60年盤の「恥ずかしさ」を埋め合わせするかのように第2楽章がきわめて低体温の伴奏に徹しています。
それはもう、むきになっているとしか思えないほどに端正な佇まいを崩しません。

しかし、残念ながら聞いていて面白いのは疑いもなく61年盤の方です。
音楽を聴くという行為が、コンクールか何かのような減点法による採点行為とイコールならば間違いなくこちらの方が高得点なのですが、そう言う高得点の演奏が人の心を掴むことにはつながらないのが音楽の難しいところでもあり、素敵なところでもあるのです。

バーンスタインという人は己の本能が剥き出しになったときの方が圧倒的に面白い音楽を聴かせてくれます。
しかし、目に見えないヨーロッパの伝統という「スタンダード」」が、その本能が剥き出しになることを抑制している姿がはっきりと見て取れます。
そしてこの時代にバーンスタインは、、マーラーのような、比較の対象となる「ヨーロッパの伝統」がないジャンルでは、彼は自由に振る舞えるのですが、そうでないジャンルではこの上もなく不自由です。

ここでは、明らかにそう言う不自由なバーンスタインの姿があまりにもあからさまであり、聞いていて悲しくなってきてしまいます。

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