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ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」


ジュリーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団1961年1月18~27日録音をダウンロード

  1. ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」「第1楽章」
  2. ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」「第2楽章」
  3. ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」「第3楽章」
  4. ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」「第4楽章」

望郷の歌



ドヴォルザークが、ニューヨーク国民音楽院院長としてアメリカ滞在中に作曲した作品で、「新世界より」の副題がドヴォルザーク自身によって添えられています。

この作品はその副題が示すように、新世界、つまりアメリカから彼のふるさとであるボヘミアにあてて書かれた「望郷の歌」です。

この作品についてドヴォルザークは次のように語っています。
「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう。」
「この曲はボヘミヤの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」

その言葉に通りに、ボヘミヤ国民楽派としてのドヴォルザークとアメリカ的な語法が結びついて一体化したところにこの作品の一番の魅力があるといえます。
さらに、過去の2作がかなりロマン派的な傾向を強めていたのに対して、この9番は古典的できっちりとしたたたずまいを見せていることも、分かりやすさと親しみやすさを増しているようです。

初演は1883年、ドヴォルザークのアメリカでの第一作として広範な注目を集め、アントン・ザイドル指揮のニューヨーク・フィルの演奏で空前の大成功を収めました。

じっくり耳を傾ける価値はあります

調べてみると、ジュリーニはドヴォルザークをよく取り上げています。今回紹介するフィルハーモニア管を手始めに、ロンドンフィル、シカゴ響、そしてコンセルトヘボウなどを相手に数多く録音を残しています。
こんな事を書くとまたテンポのことか!と叱られそうなのですが、最後のコンセルトヘボウ盤なんかはかなり遅いですね。
数字だけを較べても意味はないのですが、参考までに記しておくと、新世界よりでは以下のようになっています。


  1. フィルハーモニア盤(61年録音) 9:16 12:33 7:51 11:17

  2. コンセルトヘボウ盤(92年録音) 10:10 15:28 8:21 12:53




ちなみに第8番では以下のようになっています。


  1. フィルハーモニア盤(62年録音) 10:11 10:57 6:55 10:03

  2. コンセルトヘボウ盤(93年録音) 12:45 12:10 8:36 10:13



両方とも、おおよそ6分ほど遅くなっています。しかし、不思議なことに、ジュリーニが作ろうとしている音楽の方向性はそれほど変わっていないように聞こえます。
ジュリーニの本質は歌うことです。彼にとって音楽とはまず第1義的に歌うものであったことは間違いありません。それをイタリア人気質という安易な一言で片付けるわけにはいかないのでしょうが、それでも彼の一番根っこの部分にはその本能が根を張っていることは間違いありません。

ただ、面白いと思うのは、先に録音された9番の方がオケの響きはすっきりとした見通しの良いものになっているのに対して、翌年に録音された8番の方はシューマンの録音を思い起こさせるような分厚い響きで驀進していきます。この違いが何に起因しているのは分かりませんが、後のコンセルヘボウ感との録音をインプットしてみれば、彼はほしい響きはこっちの方だったのかな?とは思われます。

ブラームスのところでも感じたのですが、ジュリーにとって音楽とはまず何よりもじっくりと腰を下ろして歌うものであったようです。そして、その歌はジュリーニという人間の中をくぐり抜けることで、よりいっそう繊細で入念な表情をつけられていくことになるわけです。その細かい表情付けを素敵と思うか鬱陶しいと思うかは人ぞれぞれでしょうが、それでも音楽とはこういう形でも存在することが出来るのだと宇ジュリーニの哲学はひとまずは受け入れておくべきでしょう。

それから、最後に忘れずに付け加えておきますが、ここまでネッチリと歌っていても、その歌におぼれて全体を見失うことがないのがジュリーニの凄いところです。8番の方は聞きようによっては歌におぼれて雑になる部分も散見されるのですが、9番の方は実に持って見事な佇まいです。その崩れぬ佇まいの中で繊細に歌っていく様は見事としか言いようがありません。

そう言えば、ジュリーニはこういう巨匠としては珍しく、病気でもないのに98年に引退を表明して第1選から身を退いています。おそらく、彼の中には若い頃から己が理想とする音楽の形が確固として存在していたのでしょう。それ故に、それが実現できなくなったときには潔く身を退く決心が出来たのかもしれません。好き嫌いというレベルで判断すれば「嫌い」という人が少なくないと思われるのですが、それでもそう言う好き嫌いのレベルをこえて一度はその言い分にじっくり耳を傾ける価値は未だに失っていない指揮者だと思います。

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