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シューマン:交響曲第2番 ハ長調 作品61


フランツ・コンヴィチュニー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1961年録音をダウンロード

  1. シューマン:交響曲第2番 ハ長調 作品61「第1楽章」
  2. シューマン:交響曲第2番 ハ長調 作品61「第2楽章」
  3. シューマン:交響曲第2番 ハ長調 作品61「第3楽章」
  4. シューマン:交響曲第2番 ハ長調 作品61「第4楽章」

作曲家であると同時に、評論家であったのがシューマンです。



その最大の功績はショパンやブラームスを世に出したことでしょう。

 しかし、音楽家としてのシューマンの評価となると、その唯一無二の魅力は認めつつも、いくつかの疑問符がいつもつきまといました。特に交響曲のオーケストレーションは常に論議の的となってきました。
 曰く、旋律線を重ねすぎているためどこに主役の旋律があるのか分かりにくく、そのため、オケのコントールを間違うと何をしているのか分からなくなる。
 そして、楽器を重すぎているため音色が均質なトーンにならされてしまい、オケがいくら頑張っても演奏効果もあがらない、などなどです。

そんなシューマンの交響曲は常に舵の壊れた船にたとえられてきました。
 腕の悪い船長(指揮者)が操ると、もうハチャメチャ状態になってしまいます。オケと指揮者の性能チェックには好適かもしれませんが、とにかく問題の多い作品でした。

 こういう作品を前にして、多くの指揮者連中は壊れた舵を直すことによってこの問題を解決してきました。その直し方が指揮者としての腕の見せ所でもありました。
 最も有名なのがマーラーです。
 自らも偉大な作曲家であったマーラーにとってはこの拙劣なオーケストレーションは我慢できなかったのでしょう。
 不自然に鳴り響く金管楽器やティンパニー、重複するパートを全部休符に置き換えるというもので、それこそ、バッサリという感じで全曲に外科手術を施しています。
 おかげで、すっきりとした響きに大変身しました。

 しかし、世は原点尊重の時代になってくると、こういうマーラー流のやり方は日陰に追いやられていきます。
 逆に、そのくすんだ中間色のトーンこそがシューマン独特の世界であり、パート間のバランス確保だけで何とか船を無事に港までつれていこうというのが主流となってきました。

 特に、原典尊重を旗印にする古楽器勢の手に掛かると、まるで違う曲みたいに響きます。
 モダンオケでもサヴァリッシュやシャイーなどは原典尊重でオケをコントロールしています。

 しかし今もなおスコアに手を入れる指揮者も後を絶ちません。(ヴァントやジュリーニ、いわゆる巨匠勢ですね。)
 そう言うところにも、シューマンのシンフォニーのかかえる問題の深刻さがうかがえます。

 しかし、演奏家サイドに深刻な問題を突きつける音楽であっても、、聞き手にとっては、シューマンの音楽はいつも魅力的です。。
 例えば、この第3楽章のくすんだ音色で表現される憂愁の音楽は他では絶対に聴けないたぐいのものです。これを聞くと、これぞロマン派のシンフォニーと感じ入ります。

 そんなユング君は、どちらかといえばスコアに手を加えた方に心に残る演奏が多いようです。その手の演奏を最初に聞いてシューマン像を作り上げてしまった「すり込み現象」かもしれませんが。
 色々と考えさせられる音楽ではあります。

最もスタンダードなシューマンの姿

「2番と4番をアップするのは来年まで待ちたいと思います。」と書きながらすっかりアップするのを忘れていたようです。
この時代の録音としてはいささか水準よりは落ちるのですが、それでも、肝心要の演奏しているオケの響きが素晴らしいので、それが録音の不備を充分に補ってくれていると思います。

コンヴィチュニーとゲヴァントハウス管の組み合わせというと、判で押したように「燻し銀」だの「くすんだ音色」だの、酷いのになると「古色蒼然」などという表現がついて回ります。これは、かつて「エライ評論家先生」がそのように形容したので、それがいつの間にか一人歩きし、さらには自分の耳と感性を信じられない人々がその評価をなぞることで増幅されていったようです。

しかしながら、自分の耳と感性を信じられる人ならば、このオケの響きが「燻し銀」でもなければ「くすんだ音色」でもなく。ましてや「古色蒼然たる響き」などではないことはすぐに了解できるはずです。

このオケの響きの素晴らしさは、まず何よりも管楽器のふくよかで暖かな響きです。特に木管楽器の響きがいいのですが、ホルンなどの金管群も実に暖かい手触りのいい音を聞かせてくれます。
そして、それを支える弦楽器群は意外なほどに明るめでエッジの立った音を聞かせています。結果として、内部の見通しがよくて、意外なほどに透明度の高い響きになっています。また、弦楽器の響きがエッジが立っているので、メロディーラインの隈取りがかっちりしていて、これのどこを聞けば「古色蒼然」などと言う言葉が出てくるのか理解に苦しみます。

コンヴィチュニーは戦後間もない1949年からなくなる1962年まで、このライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を率いています。その10数年は、いかに名門のオケとはいえ戦後の混乱の中で極めて困難な時代であったはずです。いくつかの資料などを見てみると、楽器の調達からメンバーの確保まで、頭の痛くなるようなことが次から次へと降りかかってきたようです。しかし、そのような困難な中にあって、かくも魅力的な響きをもったオケに立て直した事実を見ると、コンヴィチュニーというのがいかに優れたオーケストラトレーナーであったかが察せられます。

1960年から1961年にかけて録音された、このシューマンの交響曲全集は、そのようにして作り上げてきたコンヴィチュニーとゲヴァントハウス管の到達点を聞くことができる録音です。言うまでもなく、この録音はシューマンの交響曲を語るときには必ずふれる必要のある録音であり、その素晴らしさは多くの人によって語られきましたので、今さら私が付けくわえることは何もありません。
月並みな言い方ですが、最もスタンダードなシューマンの姿がここにあります。

シューマンの交響曲4曲のうち、第3番「ライン」をのぞく3曲が、このライプツィヒにおいて初演されています。オケは言うまでもなくゲヴァントハウスのオケです。


  1. 交響曲第1番:1841年3月31日 メンデルスゾーン指揮!! ゲヴァントハウス管弦楽団

  2. 交響曲第2番:1846年11月5日 メンデルスゾーン指揮!! ゲヴァントハウス管弦楽団

  3. 交響曲第4番:1841年12月6日 ダヴィッド指揮 ゲヴァントハウス管弦楽団



劇場的継承という物は地下水脈のように綿々とつながっている物です。おそらく、ゲヴァントハウスのオケにしても、指揮者のコンヴィチュニーにしても、シューマンの交響曲こそは「我らの音楽」だという思いは強いし、自負もあったでしょう。

そして、ゲヴァントハウスのオケはコンヴィチュニーが亡くなった後も、ノイマン、マズア、プロムシュテットという指揮者を得て、その音色の伝統を頑なに守り続けた数少ないオケでした。しかしながら、その素晴らしい音色も2005年にシャイーが指揮者に就任することで木っ端微塵に砕け散ってしまいました。
シャイーという男は、コンセルトヘボウ、ゲヴァントハウスという二つのオケの伝統を破壊したという意味で極刑に値する人物だと思うのですが、そういう男が「マエストロ」と持ち上げられ事にヨーロッパのクラシック音楽界の異常さを感ぜずにはおれません。