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バッハ:パッサカリア ハ短調 BWV582
ヴァルヒャ:1962年9月録音をダウンロード
- Bach:Passacaglia in C minor, BWV 582 [1.Passacaglia]
- Bach:Passacaglia in C minor, BWV 582 [2.Thema fugatum]
巨大な構造物
バッハの数あるオルガン作品の中で一つ選べ(無理な注文であるのは承知の上で)と言われれば、ウーンと少しばかりうなった後で徐にこのパッサカリアを選ぶのがユング君という人です。
バッハの創作活動は彼の現世における職務と深く結びついていますから、オルガン作品の大部分はオルガン奏者として採用されたヴァイマール時代に集中しています。
バッハはわずか18才でアルシュタットの教会のオルガニストに採用されますが、それはこの教会に新しく設置された新造オルガンの試験演奏で人々をあっと驚かせるような演奏を披露してその実力を認めさせたからです。そして、この教会での実績をひっさげて、彼が次のステップアップの場に選んだのがヴァイマールの宮廷でした。
このヴァイマール時代はオルガン奏者としての前半と楽長に昇進した後半に別れます。前半の職務はオルガン奏者ですから、バッハを代表するようなオルガン作品はこの時代にその大部分が創作されています。楽長に昇進してからは毎月一回の教会カンタータの上演が彼の義務となりますから、数多くのカンタータが彼の手から生み出されます。
と言うことは、バッハのオルガン作品の大部分はアルシュタットのオルガン奏者に採用された18才(1703年)から、ヴァイマール宮廷の楽長に昇進する29才(1714年)までの時期に集中していると言うことです。もちろん、晩年におけるオルガン作品もあるのですが、私たちがよく知っている有名なトッカータやこのパッサカリアなどは全てこのヴァイマール時代の作品です。
しかし、これは驚くべき事だと言わねばなりません。
まさに、この巨大な建築物を思わせるような作品が、20代の若者の手から生み出されたとは!!
はたして、これに匹敵するほどの「巨大さ」を持った作品が他にどれほど存在するでしょうか?
専門書などをひもとけば、この作品についての詳細な分析を見ることができます。
曰く、この作品は20の変奏から成り立っており、それらは5つずつが一つのグループを形成している。
曰く、それらの5つのグループは2−1−2という3つの部分に分かれている。
曰く、全体はさらに1〜10変奏の第1部分と11〜15変奏の第2部分、16〜20変奏の第3部分に分かれている。そして、第3部分は巨大な第1部分の圧縮された再現になっている・・・などなど。
しかし、そう言う難しいことは分からなくても、この作品が数学的とも言えるほどの緻密な設計の上に成り立っていることは聞けばすぐに了解できるはずです。そして、そう言う緻密に積み上げてきた営みが、最後の最後の休止符によって断ち切られ、そこから世界の姿が一変するようにしてハ長調に転調して終結に向かう部分は圧倒的と言うしかありません。
やはり、バッハのオルガン作品で一つ選べと言われれば、やはりこのパッサカリアです。
即物主義に時代におけるバッハ
アルヒーフはレーベルとして出発したときから、ヴァルヒャを使ってバッハのオルガン作品をまとまった形で録音することを宣言していました。宣言したのは1949年だったらしいのですが、ヴァルヒャの録音は1947年からスタートし、取りあえずは1952年で一つの完結をみました。これがヴァルヒャによる最初のモノラル録音によるバッハ、オルガン作品集でした。
このサイトでもその録音の幾つかは紹介しているのですが、50年代に入ってからの録音は超絶的に音が良いのが特徴です。この時に使っていたオルガンはやや小振りの楽器らしいのですが響きがとても美しいのが印象的だったのですが、その美しさが50年代のものとは到底思えないほどのクオリティで見事にすくい上げられています。
ところが、1950年代の中頃に、録音のフォーマットがモノラルからステレオに変わります。このフォーマットの変更に伴って進行中の録音活動が大幅に変更されるというケースが少なくなかったのですが、ヴァルヒャによるバッハ録音も路線変更を強いられたようです。
言うまでもないことですが、47年から52年にかけて行われた録音には「バッハオルガン作品全集」などと銘打たれているのですが、その言葉通り「全曲」が収録されているわけではありません。大きいところでは「フーガの技法」などが欠落しています。
しかし、録音のフォーマットが大きく変わりつつある中で、最新技術である「ステレオ録音」と「SP盤の時代の録音」を一つにして「全集」とするには抵抗があったのでしょう。
アルヒーフはきっぱりとモノラルの録音はモノラル録音として52年に「ほぼ全集」の形でけじめをつけて、1956年からステレオ録音による全曲録音を目指します。
ただし、この録音は何が原因なのかは分からないのですが、随分と手間取ることになります。
まずは、1956年に、モノラル録音での大きな欠落だった「フーガの技法」をステレオ録音することで再スタートするのですが、その後は1962年にトッカータや幻想曲などを集中的に録音しただけでストップしてしまいます。そして、1969年に入ってから再び録音活動が再スタートして70年にステレオ録音による二つめの全集が完成することになります。
このステレオ録音では、ゴットフリート・ジルバーマンによって作られた「ジルバーマン・オルガン」が使われています。
これは、「大オルガン」といわれるもので、モノラル録音の時に使われた小振りなオルガンとは響きの点で随分と違っています。私たちが教会のパイプオルガンと言うことで想像する壮麗な響きを持っているのがこのタイプのオルガンです。
ですから、オルガンそのもの響きの美しさという点ではモノラル録音に軍配が上がるのですが、教会の聖堂に鳴り響く三次元的な響きという点ではステレオ録音のほうに軍配が上がります。
さらに言えば、そう言う壮麗な響きであっても、ヴァルヒャは一つ一つの声部が響きの中で混濁することを決して良しとしていません。そのために、きわめて繊細にストップが使われていて、バッハのポリフォニーがこの上もなく明瞭に聞き取れるように配慮が為されています。
バッハの音楽が即物主義の時代にどのように捉えられたのかを知る上では貴重な録音です。
確かに、ヴァルヒャ以後の、例えばコープマン等の演奏を聴けば、音楽はもっと躍動感に満ちていますから、こういう演奏スタイルが時代遅れになっていることは否定できません。
特に、ステレオ録音の場合は15年という長い歳月にわたっているのでヴァルヒャの衰えも否定できず、とりわけ70年に入ってからの演奏では随分と「丸い」音楽になってしまっています。
その意味では、モノラルとステロの端境期である56年と62年の録音が、録音のクオリティとヴァルヒャの絶頂期が上手く重なった時期と言えるのかもしれません。