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ビゼー:小組曲「子どもの遊び」

マルケヴィッチ指揮 ラムルー管弦楽団 1957年11月8日,10日&11日録音

  1. ビゼー:小組曲「子どもの遊び」 [1.Trompette et Tambour (Marche)]
  2. ビゼー:小組曲「子どもの遊び」 [2.La Poupee (Berceuse)]
  3. ビゼー:小組曲「子どもの遊び」 [3.La Toupie (Impromptu)]
  4. ビゼー:小組曲「子どもの遊び」 [4.Petit mari,petite femme! (Duo)]
  5. ビゼー:小組曲「子どもの遊び」 [5.Le Bal (Galop)]


今では管弦楽版の方が有名なようです。

このような「子供の・・・」というタイトルと方向性をもった作品というのは、西洋音楽の中において一つのジャンルとして存在するのでしょうか。
おそらく一番有名なのはシューマンの「子供の情景」でしょう。

言うまでもなく、こういう作品は「子供のための3つのピアノソナタ」みたいな子供の学習用としてではなく、子供をテーマにした大人のための音楽であることは言うまでもありません。有名な「子供情景」も、クララがシューマンに宛てた手紙の中で「時々あなたは子供に思えます」と書いたことが一つのきっかけとして生まれた音楽です。
クララからそんなことを言われて有頂天になったシューマンが、その「言葉の余韻の中で作曲したのです。」

それからもう一つ有名なものとしてドビュッシーの「子供の領分 」があります。
この作品には「父親の優しい言いわけ」という献辞がついているのですが、この「言い訳」が分かるのは大人だけです。
どろどろの不倫劇の果てに全ての友人を失い、その果てに生まれた娘への溺愛の産物なのですから、そんな男の言い訳が子供に分かるはずはないのです。

そう言う作品に較べると、ビゼーの「子どの遊び」は知名度という点では見劣りがします。そして、これはもしかしたら子供用の連弾曲として構想されたものかもしれません。
ただし、聞いてみると、これが意外なほどに素晴らしい音楽であり、口の悪い人に言わせれば「ビゼーの最高傑作」なんて事も言われたりします。(そりゃ、いくら何でも・・・)

ただし、作品の出来にはビゼー自身も自信があったのでしょう。
12曲のピアノ用連弾曲として作曲されたものを、そこから5曲選び出して管弦楽曲として編曲しているのです。そして、この管弦楽版は連弾曲と区別するために、一般的に小組曲「子どもの遊び」 と呼ばれます。

子供の遊び (ピアノ連弾曲)




  1. ぶらんこ(夢想) L'Escarpoletto (Reverie)

  2. こま(即興曲) La Toupie (Impromptu)

  3. お人形(子守歌) La Poupee (Berceuse)

  4. 回転木馬(スケルツォ) Les Chevaux de Bois (Scherzo)

  5. 羽根つき(幻想曲) Le Volant (Fantaisie)

  6. ラッパと太鼓(行進曲) Trompette et Tambour (Marche)

  7. シャボン玉(ロンディーノ) Les Bulles de Savon (Rondino)

  8. 陣取り鬼ごっこ(スケッチ) Les quatre Coins (Esquisse)

  9. 目かくし鬼ごっこ(夜想曲) Colin-maillard (Nocturne)

  10. 馬とび(奇想曲) Saute-Mouton (Caprice)

  11. 小さな旦那様、小さな奥様(二重奏) Petit mari,petite femme! (Duo)

  12. 舞踏会(ギャロップ) Le Bal (Galop)



小組曲「子どもの遊び」(管弦楽版)




  1. ラッパと太鼓(行進曲) Trompette et Tambour (Marche)

  2. お人形(子守歌) La Poupee (Berceuse)

  3. こま(即興曲) La Toupie (Impromptu)

  4. 小さな旦那様、小さな奥様(二重奏) Petit mari,petite femme! (Duo)

  5. 舞踏会(ギャロップ) Le Bal (Galop)



今日では、ビゼーの「子供の遊び」と言えばこちらの管弦楽版の方が有名なようです。
聞くところによると、連弾曲は譜面ヅラは優しそうなのに、二人できちんとあわせるとなると結構厄介な代物らしいです。

また一人、集中的に追跡しなければいけない指揮者と出会ってしまったようです。


一部の評論家によって振りまかれたイメージがいつの間にか広まってしまって判断を根本から間違ってしまうと言うことがよくあります。
その最たるものの一つが、セルは「冷たくて硬い」という評価でしょう。

さすがに、今の時代にこのような評価を真に受ける人はほとんど絶滅したとは思います。しかし、合奏の精度だけを狂気のように追い求めたという狭い評価は未だに根を張っていますから、最初に言い出した奴の罪は重いのです。

それから、ギレリスのことを「豪腕ピアニスト」などと言った評論家も酷いものです。しかしながら、これもまたこのキャッチコピーは長年にわたってギレリスにつきまといました。彼のピアニズムの基本は繊細なタッチから紡ぎ出される深い叙情性と、細部を曖昧にしないクリアな響きにあることはデビューの時からはっきりと刻印されているですから、こんなことを言い出した方のツミもかなり重いと言わざるを得ません。

まあ、それ以外にも酷いものはたくさんあります。
最晩年のごく一部の録音を聞いただけでシェルヘンのことを爆演指揮者と言ってみたり、古いところではライナーのことを「ミスター・メトロノーム」といった評論家もいました。
しかし、そうやって一度貼られてしまったレッテルというのはなかなか剥がせないので、受け取る方もよほど注意しないといけません。

聞くところによると、シェルヘンの娘さん(ミリアム・シェルヘン)が「Tahra」レーベルをはじめたのは、その様にして貼られた父へのレッテルを剥がしたいというのも動機の一つだったと聞いたことがあります。
そして、マルケヴィッチです。

彼に関しても、例えば「バイオレンス」「野蛮性」「バーバリズム」などと言うレッテルが貼り付けられています。そして、これもまたどういう聴き方をすればこういうレッテルが思いつくのか首をかしげざるを得ません。
しかし、正直に告白すれば、私もまたそう言うレッテルに目くらましをされて、長きにわたって彼とは距離を置いていたのです。
そして、ひょんなきっかけから彼の録音を幾つか聞く機会があり、そう言うレッテルのいかにアホくさいことかに気づかされて愕然としたのです。

しかし、過去に一度だけ彼の録音を取り上げていたことに気づきました。ハスキルの伴奏指揮者としての録音は幾つか取り上げてはいたのですが、マルケヴィッチそのものを取り上げたのは、1953年録音の「展覧会の絵」だけです。その時には、概ね以下のようなことを綴っていました。

「彼の演奏を聴いてみて驚くのは、オケの下手さを感じさせないほどに完成度が高いことです。もちろん、個々の奏者の力量はどうしようもないのでゴージャスでリッチな響きを求めるのは無理ですが、音楽の姿がいつも明確で実にクリアなのです。とにかく、一つ一つのフレーズが全て意味を持って鳴らされているので、曖昧さというものが全く存在しないのは実に驚くべき事です。」
と言うことは、このベルリンフィル以外の録音も聞いていたようです。
「このベルリンフィルとのコンビで録音された展覧会の絵も、音楽の造形を常にクリアにしようとするマルケヴィッチの手法がよくあらわれています。派手さはありませんが、「展覧会の絵」という作品の構造が手に取るように分かる演奏です。」

なるほど、「バイオレンス」「野蛮性」「バーバリズム」などと言うレッテルにとらわれることなく、自分なりに感じたことを正直に書いていたのでホッとしました。そして、「音楽の姿がいつも明確で実にクリア」だとか「一つ一つのフレーズが全て意味を持って鳴らされているので、曖昧さというものが全く存在しない」というのは、今回感じたことと大差ありません。
ただし、その時にその様に感じながら、さらに次ぎに繋がらなかったのは、そう言うことに感心はしながらも「感動」をするほどのレベルではなかったのでしょう。そして、件の録音を聞き直してみて、録音のクオリティに関わる問題もあって、それはそれで仕方の無かった出会いだったと認めざるを得ないものでした。

もしも、その時に、例えばここで紹介したビゼーの「アルルの女」や「カルメン」の組曲を聴いていれば、その後の展開は随分かわったことでしょう。
とりわけ、「アルルの女」の組曲を聴いて感じたのは、まるでチェリビダッケのようだと言うことでした。

私が聞いたことのある範囲では(あまりよいチェリの聞き手はありませんので)、ミュンヘンフィルとのシューマンの4番で感じた音楽の作り方と相似形のものを感じました。
オケは力感というものを一切排して、一つ一つの響きがまるで脆いガラス細工のように積み上げられていきます。ただし、その偏執ぶりはさすがにチェリに域にまでは達していませんが、それは彼らの時の隔たりを考えてみれば仕方のないことです。今から半世紀以上も前の時代にあって、このような演奏を指向していたとは驚くほかありません。

言うまでもないことですが、オケからこのような響きを出そうと思えば、それこそ死ぬほどのリハーサルが必要です。そして、聞くところによると、マルケヴィッチもまたチェリと同じような常軌を逸したほどの厳しいリハーサルを要求し、その結果として一つのオーケストラと長く関係を維持できなかったと伝えられています。
このパリの(かつては名門であった)ラムルー管弦楽団でもその厳しい練習に楽団員が反旗を翻して、わずか数年(1957年~1961年)で首になっています。と言うか、練習嫌いで有名なこのオケで、よくぞ4年ももったものだと、その方を驚きます。

それから、「アルルの女」の組曲と言えば、もう一人ケーゲルの録音も思い出します。しかし、あの録音と較べてもマルケヴィッチの録音はさらに思い入れというようなものが希薄であり、ある意味ではさらに現代的ですらあります。
これは困った、また一人、集中的に追跡しなければいけない指揮者と出会ってしまったようです。