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ショーソン:詩曲 作品25

レナード・バーンスタイン指揮 (vn)ジノ・フランチェスカッティ ニューヨーク・フィル 1964年1月6日録音

  1. ショーソン:詩曲 作品25



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世紀末を反映した音楽

ショーソンは若くして(44歳)不慮の事故(一部では自殺説もあるそうです)で亡くなったために、日本での認知度はあまり高くないようです。
そんな中で、唯一知れ渡っているのがこの「詩曲」です。
しかし、神秘的に静かに始まって、そしてあまりおおきな盛り上がりも見せずに最後も静かに曲を閉じるこの作品は、それほど一般受けする作品とも言えません。

ショーソンは表面的には非常に恵まれた環境のもとでその人生を送ったかのように見えます。幼い頃から優れた家庭教師によって英才教育を施され、幸せな結婚と裕福な家庭生活を築き上げると言う、ヨーロッパにおける典型的な中産階級の一員でした。
しかし、そんな表面的な豊かさとは裏腹に、彼の作品からは、その内面に巣くっているどうしようもないペシミズムが見え隠れします。
この「詩曲」の全編を覆っている夢も、儚さだけでなく、何だかゾッとするような情念があちこちで姿を見せます。それは疑いもなく、世紀末ヨーロッパを蔽っていた、とらえ所のない漠然とした焦燥感や苛立ちのようなものが反映しています。
最初はツルゲーネフの『勝ち誇れる恋の歌』に触発されて書き始められたものの、やがてはその標題性を破棄して、ただ単に『詩曲』とされたのは、狭い文学世界のテーマを乗り越えて、その様な時代の風を反映したより普遍性の高い作品になった事への自負もあったのでしょう。


不思議な男

バーンスタインとフランチェスカッティのコンビによる録音は以下の通りではないかと思います。オケは言うまでもなくニューヨークフィルです。


  1. ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77 1961年4月15日録音

  2. シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47 1963年1月15日録音

  3. ショーソン:詩曲 作品25 1964年1月6日録音

  4. ラヴェル:ツィガーヌ 1964年1月6日録音

  5. サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調 作品28 1964年1月6日録音



聞いてみると、一番最初に録音したブラームスだけが明らかに異なっています。
バーンスタインに率いられたニューヨークフィルは元気にいっぱいに鳴り響いていて、彼らのマッチョな本質が前面に出てきています。しかし、それはソリストにとってはかなり困った話だったようです。
ソロ楽器がピアノであるならば、それはそれで「勝負したろか!」と大阪弁的雰囲気になることも可能でしょうが、ヴァイオリンではあまりにも分が悪すぎます。そして、フランチェスカッティというヴァイオリニストはそう言う分厚い響きを突き抜けてヴァイオリンを響かせるというタイプではありません。
どちらかといえば、オケは伴奏に徹してもらって、それを背景にして曲線を多用しながら美音で勝負するタイプです。

この若造との最初の録音では、その若造のペースでまんまとしてやられた、と言う思いがあったのではないでしょうか。
2回目からの録音では、明らかにオケが控えめにしか鳴っていません。録音の方も、ブラームスの方はこの時代のバーンスタインの特長である「録りっぱなし」の雰囲気が濃厚なので、非常に生々しい音に仕上がっています。しかし、63年のシベリウスの方では、そう言う録りっぱなしのままで
結果として、バーンスタインの美質がかなりの部分スポイルされているのですが、不思議なことに彼はそう言うことにはあまり頓着しないようなのです。おそらく、一仕事終わった後にはいつものように上機嫌で帰っていったような気がするのです。
そう言う辺りが、バーンスタインという男の不思議です。

ただし、結果として、仕上がった音楽としては圧倒的にブラームスが面白いです。ここでは、いつもダンディで涼しい顔をしている雰囲気のフランチェスカッティが結構ムキになってオケと勝負しています・・・と言うか、そうしないと自分の音がオケの中に埋没してしまう状態に追いやれています。
おそらくは、聞いている方は面白くても、やっている方にしてはたまったものではないと言うことだったのでしょう。

そして、シベリウスでは、その反動としてあまり面白くない演奏となったので、最後の顔合わせでは自分の土俵で勝負できるフランス音楽に絞り込んだと言うことなのでしょう。
これらは基本的にはオーケストラ伴奏付きのヴァイオリン曲ですから、自分の美質が遠慮なく発揮できます。
バーンスタインにしては、どう考えても面白くもない仕事だったと思うのですが、それでもやるべき事はきちんとやっておきましたという演奏になっています。当然の事ながら、それなりに完成度の高い演奏にはなっていても、ブラームスの時のようなエキサイティングなことにはなりようがありません。

そして、贅沢で我が儘な聞き手はそう言うことに不満を口にするのですから、なるほど芸術家というものは大変な仕事だと言わざるを得ません。