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バッハ:フランス組曲第1番 ニ短調 BWV812
(チェンバロ)ラルフ・カークパトリック: 1957年5月6日~12日録音をダウンロード
- バッハ:フランス組曲第1番 ニ短調 BWV812 [アルマンド Allemande]
- バッハ:フランス組曲第1番 ニ短調 BWV812 [クーラント Courante]
- バッハ:フランス組曲第1番 ニ短調 BWV812 [サラバンド Sarabande]
- バッハ:フランス組曲第1番 ニ短調 BWV812 [メヌエットI/Ⅱ Menuet I/Ⅱ]
- バッハ:フランス組曲第1番 ニ短調 BWV812 [ジーグ Gigue]
繊細にして優雅なクラヴィーア作品
「イギリス組曲」と同様に「フランス組曲」の「フランス」という呼称はバッハが名付けたものではありません。彼は、素っ気なく(そう、彼はいつも自分の作品にネーミングするときは素っ気ないのです)「イギリス組曲」のことを「プレリュードつきの組曲」と呼んでいたのと同じように、「フランス組曲」のことを「クラブサン(チェンバロ)のための組曲」と呼んでいました。
つまり、「イギリス組曲」のようにプレリュードが伴っているわけでもなく、さらにはチェンバロよりもさらに音量が小さくて繊細な響きがするクラブサンを想定していたことから、サロンでの演奏を前提とした細やかで繊細な感情が支配しする音楽となっているのです。
おそらく、その様な感情が後の時代の人にとっては「フランス的」と感じられて、それがいつの間にか作品の名称として定着したのでしょう。
ちなみに、学者先生の研究によると18世紀の終わり頃には「イグリス組曲」「フランス組曲」という呼び方が広く一般に定着していたそうです。
なお、バッハはクラヴィーアのための組曲を三種類残しています。作曲順で言うと「イギリス組曲」「フランス組曲」そして、「パルティータ」です。
6曲でワンセットになっているのはこの時代の定型です。
バッハの時代の組曲というのは「アルマンド - クーラント - サラバンド - ジーグ」と言うのが定型ですが、バッハはこの定型の基本は守りながらもより自由に振る舞おうとしています。
「イギリス組曲」では冒頭に全てプレリュードを配していますし、サラバンドとジーグの間に一つ、ないしは複数の舞曲を挿入してより規模を大きくしています。
それに対して「フランス組曲」ではプレリュードは配置されていませんし、前半の3曲では挿入される舞曲は抑制的です。また、全てが短調で書かれていて、後半三曲の規模が大規模化し長調で書かれているのと対照的になっています。しかしながら、6曲の組曲を3曲ずつの2セットで構成するというやり方はイギリス組曲のやり方を踏襲したとも言えます。
フランス組曲第1番 ニ短調 BWV812
- アルマンド Allemande
- クーラント Courante
- サラバンド Sarabande
- メヌエットI Menuet I
- メヌエットII Menuet II
- ジーグ Gigue
フランス組曲21番 ハ短調 BWV813
- アルマンド Allemande
- クーラント Courante
- サラバンド Sarabande
- エール Air
- メヌエット Menuet
- ジーグ Gigue
フランス組曲第3番 ロ短調 BWV814
- アルマンド Allemande
- クーラント Courante
- サラバンド Sarabande
- アングレーズ Anglaise
- メヌエット - トリオ Menuet - Trio
- ジーグ Gigue
フランス組曲第4番 変ホ長調 BWV815
- アルマンド Allemande
- クーラント Courante
- サラバンド Sarabande
- ガヴォット Gavotte
- エール Air
- メヌエット Menuett
- ジーグ Gigue
フランス組曲第5番 ト長調 BWV816
- アルマンド Allemande
- クーラント Courante
- サラバンド Sarabande
- ガヴォット Gavotte
- ブーレ Bourree
- ルール Loure
- ジーグ Gigue
フランス組曲第6番 ホ長調 BWV817
- アルマンド Allemande
- クーラント Courante
- サラバンド Sarabande
- ガヴォット Gavotte
- ポロネーズ Polonaise
- ブーレ Bourree
- メヌエット Menuet
- ジーグ Gigue
チェンバロ過渡期の意味
カークパトリックはチェンバロ演奏の歴史の中においてみれば、いわゆる過渡期に位置する演奏家だと言えます。そして、その「過渡期」であったがゆえに演奏家としての評価は次第に後景に追いやられ、スカルラッティのカークパトリック番号に代表されるような「学者」としての評価の方に光が当てられがちです。今さら言うまでもないことですが、20世紀の初め頃にはチェンバロという楽器は滅びつつある存在でした。その滅びつつある楽器に光を当てたのがランドフスカでした。
しかし、彼女が光を当てるために使用したのは、20世紀のコンサート会場で演奏してもその響きが隅々にまで届くような「モンスター・チェンバロ」でした。その特徴は、鋼鉄のフレームで強化されたボディに鋼鉄のスチール弦を目一杯の力で引っ張って取り付けたものでした。そのおかげで、本来はサロンのような狭い会場で繊細に響くべきチェンバロが、コンサート会場の隅々にまで鳴り響くようになったのです。
世間では、このような20世紀に入ってからに新たに制作されたチェンバロのことを「モダン・チェンバロ」と呼ぶようになりました。そして、その様な「モダン・チェンバロ」の中でもとりわけモンスターだったのがランドフスカが使っていたプレイエル社の「ランドフスカ・モデル」と呼ばれるチェンバロでした。
しかし、古楽器の復興が彼女の手によって始められると、次第にバッハやスカルラッティの時代のクラヴィーア曲はその様な「モンスター・チェンバロ」で演奏されていなかったことが知られるようになり、それと歩を同じくして60年代にはいるとバロック時代のチェンバロが忠実に復刻されるようになりました。
つまり、カークパトリックはその様な時代に移り変わる過渡期に演奏活動を行ったのです。
ちなみに、彼が愛用していた楽器はいわゆるランドフスカ・モデルと呼ばれたプレイエル社のチェンバロから始まって、チッカリング社やノイペルト社のチェンバロであり、そのいずれもが今の自から見れば「邪道」と見なされるモダン楽器タイプのチェンバロでした。そして、ここで紹介しているフランス組曲は、ノイペルト社のバッハ・モデルを使用して録音されました。
ですから、ピリオド楽器(忠実に復刻されたチェンバロ)の響きに馴染んだ耳からすれば、その野太い響きに違和感を感じるかもしれません。いや、きっと感じるでしょう。
基本的にピリオド演奏が嫌いな私だって、この響きには違和感を感じますし、何よりもこういう響きでバッハを演奏したいのならばピアノを使えばいいのに、と思ってしまいます。そう言えば、カークパトリックが活躍した若い頃には、チェンバロ奏者というのはピアニストになれなかった落ちこぼれのための仕事だと思われていました。
しかしながら、カークパトリックがその様な存在でないことは明らかであり、何よりも「モダン・チェンバロ」しかこの世にないという制限された環境の中で古楽の復興に力を尽くしたのです。
ちなみに、60年代に入ってバロック時代のチェンバロが復刻され始めると、彼は真っ先にモダンチェンバロを捨ててピリオド楽器を使用するようになっています。
そう言う意味も含めて、この演奏は過渡期におけるやむにやまれぬ表現だっ事は見ておく必要があります。
ただ、そうは思いつつも、この豊かであり何時までも響きが減衰しないチェンバロという違和感の中に身を浸していると、次第に妙な快感が芽生えてくるのも否定できない事実です。そして、今となってはピリオド楽器のチェンバロよりも、モダン楽器のチェンバロの方が希少品となっていますから、聞きたいと思ってもなかなか聞けない響きであることも事実なのです。
そう言う意味では、面白いと言えば面白い表現ではあります。