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ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37
(P)ジュリアス・カッチェン ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1958年9月16日~17日録音をダウンロード
新しい世界への開拓
1805年に第3番の協奏曲を完成させたベートーベンは、このパセティックな作品とは全く異なる明るくて幸福感に満ちた新しい第4番の協奏曲を書き始めます。そして、翌年の7月に一応の完成を見たものの多少の手なしが必要だったようで、最終的にはその年の暮れ頃に完成しただろうと言われています。
この作品はピアノソナタの作曲家と交響曲の作曲家が融合した作品だと言われ、特にこの時期のベートーベンのを特徴づける新しい世界への開拓精神があふれた作品だと言われてきました。
それは、第1楽章の冒頭においてピアノが第1主題を奏して音楽が始まるとか、第2楽章がフェルマータで終了してそのまま第3楽章に切れ目なく流れていくとか、そう言う形式的な面だけではなりません。もちろんそれも重要な要因ですが、それよりも重要なことは作品全体に漂う即興性と幻想的な性格にこそベートーベンの新しいチャレンジがあります。
その意味で、この作品に呼応するのが交響曲の第4番でしょう。
壮大で構築的な「エロイカ」を書いたベートーベンが次にチャレンジした第4番はガラリとその性格を変えて、何よりもファンタジックなものを交響曲という形式に持ち込もうとしました。それと同じ方向性がこの協奏曲の中にも流れています。
パセティックでアパショナータなベートーベンは姿を潜め、ロマンティックでファンタジックなベートーベンが姿をあらわしているのです。
とりわけ、第2楽章で聞くことの出来る「歌」の素晴らしさは、その様なベートーベンの新生面をはっきりと示しています。
「復讐の女神たちをやわらげるオルフェウス」とリストは語りましたし、ショパンのプレリュードにまでこの楽章の影響が及んでいることを指摘する人もいます。
そして、これを持ってベートーベンのピアノ協奏曲の最高傑作とする人もいます。ユング君も個人的には第5番の協奏曲よりもこちらの方を高く評価しています。(そんなことはどうでもいい!と言われそうですが・・・)
さえざえと晴れ渡った冬の朝のような佇まい
「ジュリアス・カッチェン」と言うピアニストは多くの人の記憶からほとんど消え去っているかもしれませんが、それでも希有の「ブラームス弾き」と言うことで未だに記憶に留めておられる方はいるかもしれません。ですから、彼が演奏する「ブラームス以外」の作品となると、気の毒なまでに視野の外と言うことになります。いや、そんな事はないぞ!!と言う方もおられるかもしれませんが、まさにこれからという42歳でなくなってしまったキャリアと、その死(1969年)から50年近くの時間が経過してしまったことを考えれば、そう言っていただける方はほんの一握りにしかすぎないでしょう。
しかし、彼の「ブラームス以外」の作品をあらためて聞き直してみると、やはり忘れ去ってしまうには惜しいと思わざるを得ません。
例えば、ベートーベンの5つの協奏曲は全て録音が残っていますし、ソナタや変奏曲に関しても少なくない録音が残っています。そして、陳腐な言い回しかもしれませんが、そのどれもがさえざえと晴れ渡った冬の朝のような佇まいを見せているのです。
冬の水一枝の影も欺かず 中村草田男
鏡のような冬日の水面に、全ての葉を落としてしまった木々の枝が映っていたのでしょう。
その水面は葉を落としきった枝のどんな細かい部分まで欺くことなくくっきりと映し出しているのです。そして、その水面に映し出された木々の姿は冬の木々が内包する真実を実像以上に鮮やかに描き出しています。
カッチェンのピアノもまた、この冬の木々を映し出した水面のようにベートーベンの真実を描き出しているように感じるのです。
カッチェンが残したベートーベンの協奏曲のスタジオ録音は以下の通りです。
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1965年1月18日~20日録音
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品19:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1963年6月17日~19日録音
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1958年9月16日~17日録音
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1963年6月17日~19日録音
- ベートーベン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73 「皇帝」:ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽団 1963年12月15日&18日録音
「ピエロ・ガンバ(1936年~)」は今も存命で、ニューヨークを中心として未だに指揮活動も続けているようです。11歳で指揮者としてデビューしたという「神童」なのですが、これを聞く限りでは20歳で「ただの人」になってしまったことは間違いないようです。
カッチェンのピアノはどれを聞いても申し分はないのですが、それをサポートするオケはいかにも「緩い」のです。
それから、カッチェンというピアニストは興が乗ってくるとテンポが速くなって前のめりになる癖があると指摘されるのですが、この録音ではそれもまた音楽の勢いとして感じ取れるので、決して不自然さは感じません。
ピアノに関してだけなら、悪くない録音だと言い切っていいのではないでしょうか。