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グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16

(P)ジュリアス・カッチェン イシュトヴァン・ケルテス指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 1962年3月25日~4月30日録音

  1. グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 「第1楽章」
  2. グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 「第2楽章」
  3. グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 「第3楽章」

G! GisでなくG!

 この作品はグリーグが初めて作曲した、北欧的特徴を持った大作です。1867年にソプラノ歌手のニーナと結婚して、翌年には女児アレキサンドラに恵まれるのですが、そのようなグリーグにとってもっとも幸せな時期に生み出された作品でもあります。
 この作品は今日においても、もっともよく演奏されるピアノ協奏曲の一つですが、初演当時からも熱狂的な成功をおさめるとともに、1870年にはグリーグが持参した手稿を初見で演奏したリストによって激賞される(「G! GisでなくG! これが本当の北欧だ!」)という幸せな軌跡をたどった作品でもあります。

 グリーグは晩年にもう一曲、ロ短調の協奏曲を計画しますが、健康状態がその完成を許さなかったために、その代わりのようにこの作品の大幅改訂を行っています。この改訂で楽器編成そのものも変更され、スコアそのものもピアノのパートで100カ所、オーケストレーションで300前後の変更が加えられました。(管野浩和氏の解説の受け売りです・・・^^;)
 現在一般的に演奏される出版譜はこの改訂稿に基づいていますから、私たちがよく耳にする協奏曲と、グリーグを一躍世界的作曲家に押し上げた初稿の協奏曲とではかなり雰囲気が異なるようです。

冬の水一枝の影も欺かず


「ジュリアス・カッチェン」と言うピアニストは多くの人の記憶からほとんど消え去っているかもしれませんが、それでも希有の「ブラームス弾き」と言うことで未だに記憶に留めておられる方はいるかもしれません。ですから、彼が演奏する「ブラームス以外」の作品となると、気の毒なまでに視野の外と言うことになります。
いや、そんな事はないぞ!!と言う方もおられるかもしれませんが、まさにこれからという42歳でなくなってしまったキャリアと、その死(1969年)から50年近くの時間が経過してしまったことを考えれば、そう言っていただける方はほんの一握りにしかすぎないでしょう。

しかし、彼の「ブラームス以外」の作品をあらためて聞き直してみると、やはり忘れ去ってしまうには惜しいと思わざるを得ません。
例えば、ベートーベンの5つの協奏曲は全て録音が残っていますし、ソナタや変奏曲に関しても少なくない録音が残っています。そして、陳腐な言い回しかもしれませんが、そのどれもがさえざえと晴れ渡った冬の朝のような佇まいを見せているのです。

冬の水一枝の影も欺かず 中村草田男

鏡のような冬日の水面に、全ての葉を落としてしまった木々の枝が映っていたのでしょう。
その水面は葉を落としきった枝のどんな細かい部分まで欺くことなくくっきりと映し出しているのです。そして、その水面に映し出された木々の姿は冬の木々が内包する真実を実像以上に鮮やかに描き出しています。
カッチェンのピアノもまた、この冬の木々を映し出した水面のようにベートーベンの真実を描き出しているように感じるのです。

ただし、指揮者がどうにも残念なのです。→ピエロ・ガンバ指揮 ロンドン交響楽

「ピエロ・ガンバ(1936年~)」は今も存命で、ニューヨークを中心として未だに指揮活動も続けているようです。11歳で指揮者としてデビューしたという「神童」なのですが、これを聞く限りでは20歳で「ただの人」になってしまったことは間違いないようです。
カッチェンのピアノはどれを聞いても申し分はないのですが、それをサポートするオケはいかにも「緩い」のです。さすがのロンドン響もこの指揮者を前にしては為すすべがなかったようです。

それらと較べると、このグリーグのコンチェルトはピアノ、指揮者ともに申し分がありません。→イシュトヴァン・ケルテス指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

聞くところによると、プロデューサーのカルショーはこの組み合わせで録音することにあまり乗り気ではなかったとのことです。
理由は二つあります。

一つはイスラエルフィルが二流のオケであること。
二つめはイスラエルに出かけて録音することになるのだが、録音機材も録音用のホールも満足なものが期待できないこと。

しかしながら、オケの能力というものは、一定のレベルさえ保持していれば最終的には指揮者の能力次第です。(悪いオケというものは存在しない、存在するのは悪い指揮者だけだ。・・・誰の言葉だったかな?)
さらに、録音環境というものも、最後はスタッフのやる気次第です。どれほど恵まれた環境で録音しているにもかかわらず、最終的には首をひねりたくなるようなクオリティで仕上がってきているものは嫌というほど聞かされてきました。

結果として、演奏は言うまでもなく、録音に関しても申し分のない一枚が仕上がることになったわけです。そして、ベートーベンの時と較べるとオケがぐっと引き締まったおかげで、カッチェンのピアノはより欺くことなく音楽の影を映し出すことに成功しています。
この時代にアメリカでは数多くの若手ピアニストが登場して活躍したのですが、もしかしたらその中で最も遠くまで行くことができたのはこのカッチェンかもしれません。

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