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ハイドン:交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」

マルケヴィッチ指揮 ラムルー管弦楽団 1959年12月録音

  1. ハイドン:交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」「第1楽章」
  2. ハイドン:交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」「第2楽章」
  3. ハイドン:交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」「第3楽章」
  4. ハイドン:交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」「第4楽章」

ティンパニーの独奏でロール打ち

フランス革命による混乱のために、優秀な歌手を呼び寄せることが次第に困難になったためにザロモンは演奏会を行うことが難しくなっていきます。そして、1795年の1月にはついに同年の演奏会の中止を発表します。しかし、イギリスの音楽家たちは大同団結をして「オペラ・コンサート」と呼ばれる演奏会を行うことになり、ハイドンもその演奏会で最後の3曲(102番~104番)を発表しました。

そのために、厳密にいえばこの3曲をザロモンセットに数えいれるのは不適切かもしれないのですが、一般的にはあまり細かいことはいわずにこれら三作品もザロモンセットの中に数えいれています。
ただし、ザロモンコンサートが94年にピリオドをうっているのに、最後の三作品の初演が95年になっているのはその様な事情によります。

このオペラコンサートは2月2日に幕を開き、その後2週間に一回のペースで開催されました。そして、5月18日まで9回にわたって行われ、さらに好評に応えて5月21日と6月1日に臨時演奏会も追加されました


  1. 第102番 変ロ長調:94年作曲 95年2月2日初演

  2. 第103番 変ホ長調「太鼓連打」:95年作曲 95年3月2日初演

  3. 第104番 ニ長調「ロンドン」:95年作曲 95年5月4日初演



103番の交響曲に「太鼓連打」と標題がついているのは、第1楽章の導入部にティンパニーの独奏でロール打ちがあるからなのですが、当然の事ながらハイドン自身のあずかり知らぬ事です。おそらく、この標題は19世紀の初め頃につけられたものだと思われます。
なんと言っても、純粋器楽の交響曲というのはオペラなどと較べれば取っかかりが内容に思えるので「驚愕」とか「奇蹟」とか「軍隊」みたいなあだ名がついている方が何となく安心できるという面があります。

この「太鼓連打」も最初のたった1小節だけのティンパニー連打が聞き手にとってはその部分が非常に印象的だったと言うことでしょう。
なお、この作品がはじめ演奏されたときは第2楽章が好評でアンコールされたようです。この音楽はハイドンの音楽としては不思議な感覚が漂っていて、ハ短調なのですが、どこか「虚画化された悲劇」みたいな雰囲気が漂っています。

ハイドン自身にはそんな気はなくても、当時のイギリスの人々はそこにフランス革命の混乱に陥っているフランスを見たのかもしれません。

交響曲第103番 変ホ長調「太鼓連打」


  1. 第1楽章 Adagio - Allegro con spirito - Adagio

  2. 第2楽章 Andante piu tosto allegretto

  3. 第3楽章 Menuetto - Trio

  4. 第4楽章 Finale. Allegro con spirito




明晰さへの指向


ドイツのオケというものは、フルトヴェングラーに代表されるように、楽器の集合体ではなく、まるでオーケストラという一つの楽器であるかのように有機的に響きます。豊かな低声部を支えとして、さらには内声部も充実した重厚な響きは、クラシック音楽などというものを聞いたことがないような人にたいしても圧倒的な威力を発揮します。
そして、そう言う圧倒的な響きでもってフルトヴェングラーのようなドラマ性に満ちた音楽が展開されれば、最初から聞く耳を塞いでしまっている人でない限りは魅了されないはずはないのです。

誤解を恐れずに言い切ってしまえば、日本でフルトヴェングラーが受容されて高く評価されてきた背景には、その様な「分かりやすさ」があったからです。

それに対して、フランスの哲学では、オーケストラは不可侵の「個」をもった一人ひとりのプレーヤーの集合体であり続けます。
ですから、オーケストラがまるで一つの有機体であるかのように個々のプレーヤーを飲み込んでしまうことを本能的に拒否します。

その結果として、個々の楽器は縦のラインに統合された和声に飲み込まれてしまうことを可能な限り拒否し続けるがために、響きは薄くなり拡散していかざるを得ません。
しかし、その事の見返りとして、ドイツでは重い響きに塗り込まれてしまいがちな複雑な内部構造が、フランスのオケからは手に取るように聞き取ることが出来ます。そして、その様な内部の精緻な構造を聞き取ることに喜びを感じるのは、官能的な響きの喜びに身を浸すよりははるかに難しいです。
マルケヴィッチは作品のテンポ設定を考えるための大前提として、その作品に含まれるもっとも短い音価の音符が明瞭に聞き取れることが必須条件だと語っていました。
つまり、作品を演奏するときには、どのような小さな音符であっても蔑ろにしてはいけないと言うことを宣言したわけです。

そして、マルケヴィッチの凄いところは、その様な宣言を一つの理想論として掲げたのではなくて、まさに実際の演奏においても徹底的に要求し続けたのです。
ですから、彼のリハーサルは過酷を極め、結果として一つのポストに長く座り続けることが出来ない人だったのです。

オーケストラの源流を辿れば、水源は2カ所存在します。
一つは、コレッリの合奏協奏曲やヴィヴァルディの独奏曲、さらにはコンサートの開始を告げる序曲などの、人の声や歌からの制約を逃れた純粋器楽の合奏です。
もう一つは、オペラにおける歌の伴奏を行う器楽合奏を源流としたものでした。それは人の声と密接に結びついた器楽合奏であり、ドラマの進行に合わせて時には鳥の囁きであり、時には雷となって天を震わすことも求められた器楽合奏でした。

ここで紹介しているハイドンの交響曲は、前者の純粋器楽の合奏を源流とするオーケストラを前提として作曲された音楽です。
そして、そう言うオーケストラを前提として生み出された交響曲ならばマルケヴィッチのようなアプローチは極めて有効でした。
純粋器楽の合奏体たるオーケストラが一つの音符も蔑ろにすることなくきりりと造形していけば、そこに自ずからなる美が生まれるからです。

彼が残したハイドンの交響曲録音はその事をはっきりと証明しています。
そして、その後継者たるベートーベンの交響曲においても同様です。
「マルケヴィッチ版」という彼独自の改訂版まで生み出したのは、その様な明晰さへの強い指向を十全に満足させるためでした。

マルケヴィッチの方法論はどの作品においても徹底されていて、まさに作曲家としての目をもって作品を徹底的に分析し、その構造を誰の耳のも分かるように提示します。
ですから、モーツァルトのような異なる起源を持ったオーケストラを前提とした作品の場合は、そこまでシャープに造形することはないだろうとも思ってしまう時もあります。
そこでは、ドラもまた一つの構造として提示してしまうようなところがあるのです。

そう言う意味において、マルケヴィッチの音楽にはドラマ性に満ちたフルトヴェングラー流の音楽の作り方や、カラヤンの流線型の美学のような「分かりやすさ」とは無縁のところに存在します。
ただし、だからといって、私はマルケヴィッチをフルトヴェングラーやカラヤンの上に置こうとは思いません。
ただ、気をつけたいのは、マルケヴィッチの音楽に対して、その様な分かりやすさが希薄だという理由で「駄目出し」をしてしまうことに注意しないといけないと言うことを言っているのです。

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