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シューベルト:交響曲第7(8)番 ロ短調 「未完成」 D759


ジョージ・セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1966年1月27日録音をダウンロード

  1. シューベルト:交響曲第7(8)番 ロ短調 「未完成」 D759 「第1楽章」
  2. シューベルト:交響曲第7(8)番 ロ短調 「未完成」 D759 「第2楽章」

わが恋の終わらざるがごとく・・・



 この作品は1822年に作曲をされたと言われています。
 シューベルトは、自身も会員となっていたシュタインエルマルク音楽協会に前半の2楽章までの楽譜を提出しています。
 協会は残りの2楽章を待って演奏会を行う予定だったようですが、ご存知のようにそれは果たされることなく、そのうちに前半の2楽章もいつの間にか忘れ去られる運命をたどりました。

 この忘れ去られた2楽章が復活するのは、それから43年後の1965年で、ウィーンの指揮者ヨハン・ヘルベックによって歴史的な初演が行われました。

 その当時から、この作品が何故に未完成のままで放置されたのか、様々な説が展開されてきました。

 有名なのは映画「未完成交響楽」のキャッチコピー、「わが恋の終わらざるがごとく、この曲もまた終わらざるべし」という、シューベルトの失恋に結びつける説です。
 もちろんこれは全くの作り話ですが、こんな話を作り上げてみたくなるほどにロマンティックで謎に満ちた作品です。  

 前半の2楽章があまりにも素晴らしく、さすがのシューベルトも残りの2楽章を書き得なかった、と言うのが今日の一番有力な説のようです。しかし、シューベルトに匹敵する才能があって、それでこのように主張するなら分かるのですが、凡人がこんなことを勝手に言っていいのだろうか、と、ためらいを覚えてしまいます。

 そこで、ユング君ですが、おそらく「興味」を失ったんだろうという、それこそ色気も素っ気もない説が意外と真実に近いのではないかと思っています。
 この時期の交響曲は全て習作の域を出るものではありませんでした。
 彼にとっての第1番の交響曲は、現在第8番と呼ばれる「ザ・グレイト」であったことは事実です。
 その事を考えると、未完成と呼ばれるこの交響曲は、2楽章まで書いては見たものの、自分自身が考える交響曲のスタイルから言ってあまり上手くいったとは言えず、結果、続きを書いていく興味を失ったんだろうという説にはかなり納得がいきます。

 ただ、本人が興味を失った作品でも、後世の人間にとってはかけがえのない宝物となるあたりがシューベルトの凄さではあります。
 一般的には、本人は自信満々の作品であっても、そのほとんどが歴史の藻屑と消えていく過酷な現実と照らし合わせると、いつの時代も神は不公平なものだと再確認させてくれる事実ではあります。

セル&クリーブランド管が生み出す響きが素の状態ですくい上げられている

スタジオ録音とは違うセルの姿が刻み込まれた幾つかのライブ録音を紹介してきました。
ライブであってもスタジオ録音とほとんど変わらないのがセルの姿です。
いや、ライブであってもスタジオ録音と変わらないほどの完成度を維持していたことが、このコンビの凄さだったのです。

ですから、時にはオケのバランスが崩れたり、さらにはホルンのソロが止まったりすると言うのはレアであり、レアであるがゆえに「貴重」な記録だったわけです。

このコンビを語る上で避けて通れないのが1970年の来日公演です。
このコンビに関しては、彼らの実演に接するまではこの国では多くの誤解があったことは事実です。
その「誤解」のあれこれを数え上げることはしませんが、そう言う「誤解」を綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまったのが1970年の来日公演だったのです。

しかし、その来日公演があまりにも凄かったがゆえに、今度は逆に神話化されてしまうという「弊害」も生んだような気がします。
ですから、「常に完璧であったわけではない」セルの姿を紹介することは、少なからぬ意味があると考えた次第です。

実際、ホルンのソロが途中で止まってしまったブラームスの2番の録音を聞いたときは本当に驚いてしまいました。
セルとクリーブランド管でもこんなミスが発生するんだと言うことを見せつけられると、他人のミスをあげつらうような事を言ってはいけないという、人生訓的反省を呼び覚まされたものです。

そして、時にはセルが手綱を緩める事で響きが緩くなったり、時には内声部のパートが突出してバランスを崩したりする場面に出会うたびに、「そりゃぁ、人間だものな」と納得するのです。
しかし、それだけに、一発勝負のライブにおいてスタジオ録音の完成度と寸分違わぬほどの完成度見せつけるような録音に出会うと、あらためてこのコンビの「神話」が蘇るのです。

最近聞き直した中で特に凄いと思ったのが、このシューベルトの8番「未完成」と、モーツァルトのト短調シンフォニーです。
とりわけ、モーツァルトのシンフォニーはスタジオ録音の方もモダン楽器を使った演奏としては一つの頂点を示す録音でしたが、ライブでもその凄みは変わりません。

そして、スタジオ録音ではどこか不満が残る硬めの響きが、このライブの録音では見事にほぐれています。
そして、何よりもハッとするのは管楽器の響きの美しさです。

スタジオ録音ではただならぬ弦楽器群の響きのバックに退いた格好の管楽器が、ここでは充分に存在感を示していて、ハッとするほどに美しい場面を生み出しているのです。

また、「未完成」もセルらしい硬質の響きによる引き締まった造形が特徴的だったのですが、それとほぼ等身大の音楽がこのライブでも実現しています。
とりわけ、半音階転調を繰り返して光と影が微妙に交錯するシューベルト的な世界をこれほど緻密に描き出しているライブ演奏は滅多にありません。

定期公演のライブ録音ですから、録音クオリティ的には不満が残るのは事実です。
しかし、その反面として録りっぱなしの功徳みたいなものもあって、このコンビが生み出す響きが素の状態ですくい上げられています。
テープヒスはやや気にあるのですが、じっくりと耳を傾ける価値は十分にあります。