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ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15
(P)ジュリアス・カッチェン ピエール・モントゥー指揮 ロンドン交響楽団 1959年5月24日~25日録音をダウンロード
交響曲になりそこねた音楽?
木星は太陽になりそこねた惑星だと言われます。その言い方をまねるならば、この協奏曲は交響曲になりそこねた音楽だといえます。
諸説がありますが、この作品はピアノソナタとして着想されたと言われています。それが2台のピアノのための作品に変容し、やがてはその枠にも収まりきらずに、ブラームスはこれを素材として交響曲に仕立て上げようとします。しかし、その試みは挫折をし、結局はピアノ協奏曲という形式におさまったというのです。
実際、第1楽章などではピアノがオケと絡み合うような部分が少ないので、ピアノ伴奏付きの管弦楽曲という雰囲気です。これは、協奏曲と言えば巨匠の名人芸を見せるものと相場が決まっていただけに、当時の人にとっては違和感があったようです。
そして、形式的には古典的なたたずまいを持っていたので、新しい音楽を求める進歩的な人々からもそっぽを向かれました。
言ってみれば、流行からも見放され、新しい物好きからも相手にされずで、初演に続くライプティッヒでの演奏会では至って評判が悪かったようです。
より正確に言えば、最悪と言って良い状態だったそうです。
伝えられる話によると演奏終了後に拍手をおくった聴衆はわずか3人だったそうで、その拍手も周囲の制止でかき消されたと言うことですから、ブルックナーの3番以上の悲惨な演奏会だったようです。おまけに、その演奏会のピアニストはブラームス自身だったのですからそのショックたるや大変なものだったようです。
打ちひしがれたブラームスはその後故郷のハンブルクに引きこもってしまったのですからそのショックの大きさがうかがえます。
しかし、続くハンブルクでの演奏会ではそれなりの好評を博し、その後は演奏会を重ねるにつれて評価を高めていくことになりました。因縁のライプティッヒでも14年後に絶賛の拍手で迎えられることになったときのブラームスの胸中はいかばかりだったでしょう。
確かに、大規模なオーケストラを使った作品を書くのはこれが初めてだったので荒っぽい面が残っているのは否定できません。
1番の交響曲と比較をすれば、その違いは一目瞭然です。
しかし、そう言う若さゆえの勢いみたいなものが感じ取れるのはブラームスの中ではこの作品ぐらいだけです。
私はそう言う荒削りの勢いみたいなものは結構好きなので、ブラームスの作品の中ではかなり「お気に入り」の部類に入る作品です。
モントゥーという枠組みの中で、カッチェンもまたより自由にイマジネーションを広げている演奏
こういう演奏を聴かされると、カッチェンは20世紀というスパンで計っても指折りのピアニストであったと確信が持てます。そして、そう思わせる背景にはモントゥーのサポートがあります。基本が交響曲を指向した音楽であり、それを途中で強引にピアノ協奏曲にねじ曲げた音楽なのですから、ピアノだけが頑張ってどうなる音楽ではありません。しかし、冒頭の第1音が出ただけで、やる気満々のロンドン響の意気込みが伝わってきますし、それを余裕綽々でコンとロールしている「熱きモントゥー」の姿が伝わってきます。
それにしても、ピエール・モントゥーというのは「人の世の常識」が全くあてはまらない存在です。
モントゥーと言えば必ず語られるのが、ストラヴィンスキーの歴史的スキャンダルとなった「春の祭典」初演の時の指揮者だったというエピソードです。
聴衆の野次と足を踏みならす音で音楽が殆ど聞こえない状態で最後まで平然と指揮し続けたのが40才を目前にしたモントゥーは、それから半世紀近い年月が経過しても、つまりは80才を超えても、その当時の若さと勢いを失わずに音楽活動を続けました。
おそらく、全くのブラインドでこの録音を聞かされれば、ピアニストは覇気満々の若手ピアニストであることは大方の人にとっては察しがつくでしょうが、おそらく指揮者もそのピアニストと大して年の変わらない若手の指揮者だと察するのではないでしょうか。
それほどまでに、このオーケストラの響きには「若さ」が満ちあふれています。
さらに困ってしまうのは、モントゥーという人はそう言う高齢になってから、クラシック音楽の演奏史に刻み込まれるような名演奏を「録音」という形で残してしまったことです。(ボストン響と録音したチャイコフスキの後期交響曲などなど・・・)
そして、そう言うパワーがこのブラームスの協奏曲でもあふれています。
人は年を重ねれば必ず衰える、シルバーシート優先のいい加減な物言いは慎むべきだと言い続けている私にとっては、ほんとに困ってしまう存在がこのモントゥーなのです。
さらに言えば、ただの若手ではないので、力に任せてオケを鳴らすだけでなく、ともすれば前のめりになって走り出しそうになるカッチェンというピアニストをもがっちりとコントロールしているのです。
それどころか、カッチェンにとってはそのコントロールは彼を不自由にするにではなく彼をより自由にさせているようにすら聞こえるのです。もちろん、全体としてカッチェンならでは冴え冴えとした透明感あふれる響きが損なわれることは全くありません。
モントゥーという枠組みの中で、カッチェンはより自由にイマジネーションを広げていくことが出来ているのです。
それがもっともいい形であらわれているのが第2楽章でしょう。
モントゥーの万全のサポートによって、ピアノの表現はより繊細になり深い感情を表出するようになります。
それが、両端楽章のパワフルな響きと見事なコントラストを描き出しているのです。
しかしながら、それほどまでに素晴らしい演奏と録音でありながら、これが話題にあることは殆どありません。と言うか、カッチェンというピアニストそのものが少しずつ忘却の淵に沈みつつあるのですから、困った話です。
そして、その代わりに、具体的な名前は挙げませんが(^^;、もっと退屈な演奏を「過不足のない表現」という面妖な「褒め言葉」で持ち上げている人が多いのです。
ほんとに困った話です。