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ショパン:ノクターン 第1集

(P)モーラ・リンパニー:1961年録音

  1. Chopin:Nocturnes for piano, Op.9, No.1 in B flat minor
  2. Chopin:Nocturnes for piano, Op.9, No.2 in E flat minor
  3. Chopin:Nocturnes for piano, Op.9, No.3 in B major
  4. Chopin:Nocturnes for piano, Op.15, No.1 in F major
  5. Chopin:Nocturnes for piano, Op.15, No.2 in F sharp major
  6. Chopin:Nocturnes for piano, Op.15, No.3 in G minor
  7. Chopin:Nocturnes for piano, Op.27, No.1 in C sharp minor
  8. Chopin:Nocturnes for piano, Op.27, No.2 in D flat major
  9. Chopin:Nocturnes for piano, Op.32, No.1 in B major
  10. Chopin:Nocturnes for piano, Op.32, No.2 in A flat major



劇的息吹と情熱と、そして壮大さ

ノクターンはロマン派の時代に盛んに作られたピアノ小品の一ジャンルです。
ロマン派の時代になると、厳格な規則に縛られるのではなく、人間の感情を自由に表現するような小品がたくさん作られ、当初はバガテルとか即興曲などと呼ばれていました。
その様ないわゆる「性格的小品」の中から「ノクターン」と称して独自の性格を持った作品を生みだしたのがイギリスのジョン・フィールドです。

フィールドはピアニストであり作曲でもあった人物ですが、低声部の伴奏にのって高音部が夜の静寂を思わせるような優雅なメロディを歌う作品を20曲前後作り出しました。そして、このフィールドが作り出した音楽形式はショパンに強い影響を与え、彼もまた「ノクターン」と称する作品をその生涯に21曲も作り出しました。
初期の作品は「ショパンはフィールドから直接は借用はしていないが、その旋律や伴奏法をまねている」と批評されたりしていますが、時代を追うにつれて、フィールドの作品にはない劇的な性格や情熱が付け加えられて、より多様な性格を持った作品群に変貌していきます。
そして、、今日では創始者のフィールドの作品はほとんど忘れ去られ、ノクターンと言えばショパンの専売特許のようになっています。

後年、ショパン研究家として著名なハネカーは次のように述べています。
「ショパンはフィールドの創案になる形式をいっそう高め、それに劇的息吹と情熱と、そして壮大さを加えた。」
まさにその通りです。

野太いまでの響きで、時にはぶっきらぼうに思えるほどの剛直さでショパンを造形しています


モーラ・リンパニーは戦前のイギリスではもっとも人気のあるピアニストの一人だったようです。
当然の事ながら、戦後も華々しく活躍をはじめるのですが、1951年にアメリカのテレビ局の経営者と結婚したために、ピアニストとしての活動は控えめになっていきました。

とりわけ、録音のフォーマットがモノラルからステレオに切り替わる頃にはほとんど引退同然になっていたので、「録音」を通してでしかその演奏に接する事が出来ない極東の島国ではほとんど知られることのない存在だったようです。

リンパニーも数多くの天才キッズと同じく12歳で演奏会デビューを果たしています。そして、マネージメントをする側は、リンパニーをショパンやリストのスペシャリストとして売り出そうとしたようです。
おそらくは宣伝用に撮影されたと思われる若い頃のポートレート写真を見ると、楚々とした雰囲気でいかにも上品なショパンの音楽を演奏してくれそうな雰囲気です。

しかし、そう言う決まり切ったお嬢様ピアニストの枠に収まるには、彼女のテクニックは逞しすぎました。

彼女ショパンやリストではなくてラフマニノフの演奏で名をあげ、それをラフマニノフが激賞したと言うのは有名なエピソードなのですが、それがリップサービスではないことは彼女の演奏を聞けばすぐに分かります。
リンパニーはラフマニノフの前奏曲の全曲録音を世界で最初に成し遂げているのですが、あのコンサート・グラウンドの限界に挑戦したような音楽をその逞しいテクニックによってものの見事にねじ伏せているのです。

しかし、もう少し俯瞰して全体を眺めてみれば、彼女とほぼ同世代のアニー・フィッシャー(1914年)やジーナ・バッカウアー(1913年)と、それよりも古い世代のマルグリット・ロン(1874年)、マイラ・ヘス(1890年日)、マルセル・メイエ(1897年)等を較べてみればその違いは明らかですから、そう言う特質は彼女彼女だけのものではなかったとも言えます。
ただし、品良くピアノを演奏するよりは、男性と較べても遜色ないほどの逞しいテクニックでねじ伏せてしまうと言うスタイルは、リンパニーにおいてはより際だっていました。

そして、そう言う逞しいテクニックをショパンの音楽にそのまま適用すればどうなるのかという見本のような録音がこのショパンの「ワルツ集」です。

上品で、思い入れたっぷりの曲線を多用したようなショパンではなくて、野太いまでの響きで、時にはぶっきらぼうに思えるほどの剛直さでショパンを造形しています。それは明らかにサロンの音楽ではなくて、広いコンサートホールにおいて多くの聴衆を相手にした音楽になっています。
とりわけ、逞しくピアノを鳴らしながらも、ここぞと言うところでの語り口の上手さはかなりのものです。

彼女は、この「ワルツ集」以外にも「前奏曲」や「ノクターン」なども録音を残しています。
驚くのは、「ワルツ」や「前奏曲集」だけでなく、「ノクターン」のような音楽でも思い入れのたっぷりの情緒を前面に出すのではなくて、、時にはぶっきらぼうに思えるほどの剛直さで音楽を造形していることです。
そして、そう言う剛直さを持って音楽を造形しているがゆえに、かえって語り口の上手さが際だっているように思えるのです。

ざっかけない言い方が許してもらえるならば、アルゲリッチの前にも、こういう猛女がいたと言うことなのでしょう。

なお、ネット上を散見すると、このリンパニーのピアノに対して繊細で柔らかい響きという形容詞をあてている方もおられました。
再生装置が変われば聞こえてくる音も違うと言うことなのでしょうか。