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ベートーベン:ピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 Op.90

(P)クラウディオ・アラウ 1966年4月録音

  1. Beethoven: Piano Sonata No.27 In E Minor, Op.90 [1. Mit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und Ausdruck]
  2. Beethoven: Piano Sonata No.27 In E Minor, Op.90 [2. Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen]

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シューベルトやシューマンなどのロマン派に引き継がれていく音楽

ベートーベンの創作の軌跡を辿る上でピアノソナタはその里程標になるのですが、「告別ソナタ」とそれに続くこの「ホ短調のソナタ」の間には4年という小さくないブランクが存在します。
そして、このブランクはピアノソナタだけに限った話ではなくて、概ね1812年から1817年に至る5年間はベートーベンの「苦悩の時代」と言われてきました。

ベートーベンは意外なほどに慎重な男であり、大胆極まる手法で大きく一歩を踏み出した後に必ず収縮しました。その踏み出した大きな一歩の意味をもう一度過去の伝統の中で咀嚼しなおすことで、その「新しさ」を「伝統」の中にシームレスに取り込もうとしました。
しかし、音楽を「古典的均衡の中における美」に押し留めるのではなくて、つかまえどころのない「人間的感情の表現」を目指した「新しい道」も頂点に達してしまえば、そこでの収縮は途轍もなく大きなものにならざるを得ませんでした。

そして、その「収縮」は多くの人にとっては「沈黙」としか映らず、その「沈黙」が長く続けば「さすがのベートーベンもスランプか!」となったわけです。
しかし、皮肉なのは、創作の分野においてはその様な「沈黙」を強いられていながら、世間的には大芸術家として祭り上げられ、多くの貴族に取り囲まれる「栄光」を享受するのです。

ただし、そう言う外面的な栄光とは裏腹に、彼の私生活はこの時期は苦難の連続でした。
「不滅の恋人」との破局によって最後の結婚への望みも消えたこと、甥カールの養育権をめぐる訴訟、そして、難聴の進行によってついにはピアノの音すら聞こえなくなったことなどです。

そして、その様な苦悩の沈黙の中でポツリと生み出されたのがこのホ短調のソナタでした。
2楽章構成のこぢんまりとしたそのソナタには、中期の傑作と言われたソナタのような驀進するベートーベンの姿はどこを探しても見つけ出すことは出来ません。

ちなみに、このソナタを献呈されたリヒノフスキー侯爵とのやり取りが残されています。
それは、侯爵がこのソナタの意味をベートーベンに質問したことに対して、ベートーベンは「第1楽章は理性と感情の争い、第2楽章は恋人との会話」と笑いながら答えたというものです。

もちろん、このベートーベンの解答をまともに受け取る必要はありません。
なぜならば、その時侯爵は幸せな「2度目の結婚」を成就したばかりであり、そう言う侯爵に対するリップサービスであったことは明らかだからです。

第1楽章のソナタは実にスリムなスタイルで書かれています。

展開部は開始主題をシンプルに拡大しているだけであり、再現部も提示部と大きな変化はなく、コーダも第1主題を静かに回想しながら閉じられます。
また、調性を確立した後に、その主調による完全終止という古いスタイルもとっています。この古いスタイルは緩徐楽章ではベートーベンは好んで使っていたのですが、ソナタ形式においては次第に避けるようになっていったスタイルでした。

しかし、その様なシンプルで、スリムな形式でありながら、このソナタからは今までにない諦観と密やかさが漂っています。
そして、その様な音楽の佇まいがより明確になるのが、これに続くロンド形式による終楽章です。

ベートーベンはこのソナタにおける発想記号はドイツ語だけにしているのですが、そのロンド楽章には「Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen(速すぎないように、そして十分に歌うように演奏すること)」と記しています。
叙情的なロンド主題はとても美しく、それが何度も装飾が施されて姿を現すことで、その美しさは聞き手の耳に刻み込まれます。

この楽章はモーツァルト的ではあるのですが、そこに新しい叙情性を取り入れようとしていることは明らかであり、その意味では、シューベルトやシューマンなどのロマン派に引き継がれていく音楽だと言えます。
また、この楽章には最後の締めくくり方をどのように処理するのかという問題があり、それはピアニストにとってはかなりの難題となっています。

この最後の部分では、きわめて複雑なテンポ設定によって繊細な音楽が語られた後に、最後の小節だけが突然投げ出すようにして終わってしまうのです。

ローゼン先生は、この部分は気心の知れた仲間内で演奏するならば叙情の中のユーモアとして効果を得るだろうが、大規模なコンサートホールで演奏したときにはその効果を期待するのは難しいと述べています。
かといって、最後の部分に少しでもリタルダンドをかければ通俗的になってしまうとも注意を促しています。

些細なことかもしれませんが、あれこれの聞き比べをするときの一つのポイントだとは言えそうです。


  1. 第1楽章:Mit Lebhaftigkeit und durchaus mit Empfindung und ausdruck(速く、そして終始感情と表情をともなって) ホ短調(ソナタ形式)

  2. 第2楽章:Nicht zu geschwind und sehr singbar vorgetragen (速すぎないように、そして十分に歌うように演奏すること) ホ長調(ロンド形式)




アラウという人はドイツの「型」を色濃く「伝承」しているピアニストと言えそうです


日本の伝統芸能の世界には「芸養子」なる制度があります。能や歌舞伎の役者に子供がいない場合には、能力がある弟子を実際の子供(養子)として認めて育てていくシステムのことです。
芸事というのは、大人になってから学びはじめては遅い世界なので、芸事の家に生まれた子供は物心が付く前から徹底的に仕込まれることでその芸の世界を次に繋いでいきます。ですから、伝えるべき子供がいないときには、「芸養子」を迎えてその芸を継がせるのです。

アラウという人の出自を見てみると、彼もまた「芸養子」みたいな存在だと思わせられました。
彼は幼くしてリストの弟子であったクラウゼの家に住み込み、そのクラウゼからドイツ的な伝統の全てを注ぎ込まれて養成されたピアニストです。ですから、出身はアルゼンチンですが、ピアニストとしての系譜は誰よりも純粋に培養されたドイツ的なピアニストでした。

まるでドイツという国の「芸養子」みたいな存在です。
彼の中には、良くも悪くも、「伝統的なドイツ」が誰よりも色濃く住み着いています。

言うまでもないことですが、楽譜に忠実な即物主義的な演奏はドイツの伝統ではありません。ですから、アラウの立ち位置はそんなところにはありません。
おそらく、伝統的なドイツから離れて、そう言う新しい波に即応していったのはどちらかと言えばバックハウスの方でした。

こんな事を書けば、バックハウスやケンプこそがドイツ的な伝統を受け継いだ正統派だと見なされてきたので、お前気は確かか?と言われそうです。
しかし、60年代の初頭に一気に録音されたアラウのベートーベン、ピアノソナタ全集をじっくり聞いてみて、なるほど伝統的なドイツが息づいているのはバックハウスではなくてアラウなんだと言うことに気づかされるのです。

言うまでもないことですが、芸事の伝統というのは学校の勉強のようなスタイルで伝わるものではありません。そうではなくて、そう言う伝統というのは劇場における継承として役者から役者へ、もしくは演奏家から演奏家へと引き継がれるものです。
そして、その継承される内容は理屈ではなくて一つの「型」として継承されていきます。そして、その継承される「型」には「Why」もなければ「Because」もないのが一般的です。

特に、その芸事の世界が「伝承芸能」ならば、「Why」という問いかけ自体が「悪」です。何故ならば、「伝承芸能」の世界において重要なことは「型」を「伝承」していくことであって、その「型」に自分なりのオリジナリティを加味するなどと言うことは「悪」でしかないからです。
それに対して、「伝統芸能」であるならば、取りあえずは「Why」という問いかけは封印した上で「型」を習得し、その習得した上で自分のオリジナリティを追求していくことが求められます。

「伝統芸能」と「伝承芸能」はよく同一視されるのですが、本質的には全く異なる世界です。
そして、西洋のクラシック音楽は言うまでもなく「伝統芸能」の世界ですから、「型」は大事ですが「型」からでることが最終的には求められます。

しかし、「伝承」の色合いが濃い演奏家というのもいます。
そう言う色分けで言えば、アラウという人はドイツの「型」を色濃く「伝承」しているピアニスト言えそうなのです。

この事に気づいたのは、チャールズ・ローゼンの「ベートーベンを読む」を見たことがきっかけでした。
このローゼン先生の本はピアノを実際に演奏しないものにとってはかなり難しいのですが、丹念に楽譜を追いながらあれこれの録音を聞いてみるといろいろな気づきがあって、なかなかに刺激的な一冊です。
そして、ローゼン先生はその著の中で、何カ所も「~という誘惑を演奏者にもたらす」という表現を使っています。

そして、そう言う誘惑にかられる部分でアラウはほとんど躊躇うことなく誘惑にかられています。

例えば、短い終止が要求されている場面では音を伸ばしたい要求にとらわれます。そうした方が、明らかに聞き手にとっては「終わった」と言うことが分かりやすいので親切ですし、演奏効果も上がるからです。
アラウもまた、そういう場面では、基本的に音を長めに伸ばして演奏を終えています。
例えば、緩徐楽章では、その悲劇性をはっきりさせるために必要以上に遅めのテンポを取る誘惑にかられるともローゼン先生は書いています。その方が悲劇性が高まり演奏効果が上がるからです。
アラウもまた、そう言う場面ではたっぷりとしたテンポでこの上もなく悲劇的な音楽に仕立てています。

そして、そうやってあれこれ聞いていてみて、そう言う誘惑にかられる場面でバックハウスは常に禁欲的なので驚かされました。
そして、なるほど、これが戦後のクラシック音楽を席巻した即物主義というものか、と再認識した次第です。

逆に言えば、そう言う演奏効果が上がる部分では、「楽譜はこうなっていても実際にはこういう風に演奏するモンなんだよ」というのが劇場で継承されてきた「型」、つまりは「伝統」なのだとこれまた再認識した次第なのです。

そして、バックハウスは「型」を捨ててスコアだけを便りにベートーベンを構築したのだとすれば、アラウは明らかに伝統に対して忠実な人だったと言わざるを得ないようなのです。

そして、クラシック音楽の演奏という行為は「伝承芸能」ではないのですから、そう言う「型」を守ることはマーラーが言ったような「怠惰の別名」になる危険性と背中合わせになります。
このアラウの全集録音が、そう言う危険性と背中合わせになりながらもギリギリのところで身をかわしているのか、それともかわしきれていないのかは聞き手にゆだねるしかありません。