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シベリウス:交響曲第7番 作品105

サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1966年7月27日~28日録音

  1. シベリウス:交響曲第7番 作品105

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交響曲には内的な動機を結びつける深遠な論理が大切

マーラーとシベリウスは交響曲という形式の最後を飾る両極端な作曲家だと言えます。片方は、まさに後期ロマン派を象徴するような異常なまでに肥大化した音楽を生み出し、他方はこれまた異常なまでに凝縮した音楽を生み出しました。

この二人が出会ったときに話は交響曲という形式のそもそも論にいたり、マーラーは「交響曲は世界のようでなくてはならない」と語り、シベリウスはそれに対して「交響曲には内的な動機を結びつける深遠な論理が大切」だと語ったそうです。
なるほど、マーラーのように何でもかんでも取り込んで肥大化していくことに何の疑問も感じなければ、音楽を生み出すという行為はそれほどの苦痛を生み出さないのかもしれません。
もちろん、そう言ったからといって、マーラーの音楽を単純な足し算だと貶めるつもりはありません。しかし、マーラーの場合はその後の演奏を通して不都合な点があればどんどん補筆改訂していくのが常でした。その意味では、何年何月何日に筆を置いて「完成」としても、それが創作の「終わり」を意味するものではなかったのです。

交響曲が世界のようなものであるならば、これで「完成」として筆を置いたとしても、その地点から不都合が発生すれば、いかようなものでも付け足すことが出来、いかようなものでも排除することが可能だったのです。
しかし、「交響曲には内的な動機を結びつける深遠な論理が大切」だとするシベリウスのような立場に立つのならば、創作という行為は実にしんどい行為だろうなと同情を禁じ得ません。

何故ならば、内的な論理が必要ならば、途中で不都合が生じればその瞬間に全てが御破算になってしまうからです。
シベリウスの音楽には創作の過程の一番最初から徹底した彫琢が必要なのです。

そして、そういうシベリスが選んだ方向性の行き着くところは、シェーンベルクやウェーベルンのような新ウィーン楽派のような音楽に向かっていくだろう事は容易に察しがつきます。
とりわけ、この第7番の交響曲などはもうこれ以上「凝縮」しようがないほどに凝縮しています。

同じ事は、第4番の交響曲にも言えるかもしれません。
とにかく音楽は内へ内へと向かっていき、緊張感の高まりとともに聴くものを息苦しくさえしていきます。形式的には通常の4楽章構成を持ったスタンダードな顔はしているのですが、その凝縮ぶりは7番以上かもしれません。

しかし、シベリウスにとって音楽からメロディやハーモニーが消え去るというのは到底受け入れられない事だったのでしょう。シベリウスという人の本質はフィンランドという土地に根付いた民族性にあることは間違いありませんが、それと同じほどにベートーベンやモーツァルトなどの古典的な均衡に満ちた音楽のあり方も彼にとっては本能のようなものとして存在していたはずです。

例えば、1番、2番で彼の民族性が大きく前面に出たあとには、先祖帰りのようなコンパクトな3番を生み出していますし、それと同じ事が5番と6番においても指摘できます。そして、その先祖帰りが3番よりは6番の方が上手くいっていることは誰しもが認めるところでしょう。
そんな男にとって、無調の無機的な音楽が受け入れられるはずがありません。

しかし、彼が7番の交響曲を生み出した1920年代という時代は、まさにその様な無調の音楽が一気に広まった時代でもありました。
シェーンベルクの生み出した12音技法の最大の問題点は、そのルールに則っていれば、それほど才能のない人間でも時代の最先端を行く現代的な音楽が「書けてしまう」ところにあったんだと思います。

それは、本人は思いもしなかったでしょうが、結果として12音技法は「芸術」をフォーマット化してしまいました。
フォーマットとは、取りあえずその「形」に従って「パーツ」を作れば、後はそれを適当に組み合わせることで「何か新しいもの」が出来てしまうという便利なシステムです。

そして、その「利点」に真っ先に気づいたのは、おそらくは才能に恵まれていない若き「作曲家」たちだったのではないでしょうか。
問題の核心は「飯が食えるか否か」というせっぱ詰まったものだけに、おそらくはシェーンベルク自身も驚くほどの勢いでこの動きが作曲界全体を蔽ってしまいました。
その結果として、「12音技法」というフォーマットに従うことでそれなりの完成度とクオリティを持つ「無調の音楽」が大量生産されることになってしまったのです。
唯一残念だったのは、圧倒的大多数の聞き手によってそう言う「12音技法に基づいた無調の音楽」が拒否されたことで、結局「食えない」連中はやはり「食えなかった」ことです。。

そして、シベリウスはその様な動きをフィンランドの片田舎から絶望的な思いで眺めていたのではないでしょうか。

この第7番の調性は「ハ長調」です!!
もちろん、音楽は光と影が燦めき交錯するように様々な調を自由に行き来します。しかし、土台に据えられた礎石のようにハ長調の響きは全曲をしっかりと貫いています。

やはり、シベリウスにとってここが行き着いた先だったのでしょう。

この録音は長きにわたってシベリウス演奏の「メートル原器」の位置を占めていました


バルビローリのシベリウスと言えば定番中の定番です。特に、その最晩年にEMIが録音した交響曲全集はシベリウス演奏の「メートル原器」とも言うべきポジションを占めていました。
この全集は以下のような日程で録音されています。

1965年

  1. 交響曲第2番 ニ長調 作品43:1966年7月25日~26日録音

  2. 交響曲第5番 変ホ長調 作品82:1966年7月26日~27日録音

  3. 交響曲第7番 作品105:1966年7月27日~28日録音

  4. 交響曲第1番 ホ短調 作品39:1966年12月28日~30日録音


1969年

  1. 交響曲第3番 ハ長調 作品52:1969年5月27日~28日録音

  2. 交響曲第4番 イ短調 作品63:1969年5月29日~30日録音


1970年

  1. 交響曲第6番 作品104:1970年5月21日~22日録音



もちろん、全集として完成させることを念頭に置いた録音計画だったのでしょう。バルビローリという人は随分と忙しい人だったようですから、その忙しいスケジュールの合間を縫って効率的に録音活動を行ったことがうかがえます。
それでも、来日公演のためのリハーサルを終えた70年の7月29日にバルビローリが急逝したことを知っているものにとっては、最後の第6番の録音が滑り込みでセーフだったことには感謝せざるを得ません。

バルビローリという人は決して人の目を引きつけるような尖った表現を求める指揮者ではありませんでした。
彼こそは真の意味での職人指揮者でした。

素っ気ないほどの冷たさで作品を精緻に分析するように演奏すれば人の目は引きつけます。
指揮台の上で飛び跳ねるほどの勢いで、声涙倶に下るような演奏をしても人の目は引きつけます。
そして、そう言うことが悪いことだとは決して思わないですし、作品が内包する多様性の反映だと言えることも承知はしています。

しかし、バルビローリは、そう言う「基準ライン」からずれることによって己の存在をアピールするというスタンスとは全く無縁のところで音楽をやった人でした。
もちろん、バルビローリと言えば弦楽器の歌わせ方がとても上手だったと言うイメージはありますから、その大トロか中トロのような響きで音楽に濃厚な味わいを与えることもありました。
しかし、それでも「基準ライン」から逸脱したと感じるほどのデフォルメとは無縁でした。

しかし、逸脱はしなくても彼の音楽には常に人肌の温もりと人間的な暖かみに満ちたパッションがあふれていました。
ですから、シベリスと言えばどこか北国のひんやりした空気感で彩られることが多いのですが、バルビローリの指揮棒にかかれば人間的な暖かみとパッションに満ちたシベリウスが立ちあらわれるのでした。

とは言っても、彼の手兵であったハレ管の響きはそれほど上等とは言えないことは事実です。
その響きをプアとまでは言いませんが、リッチでないことは否定しようがありません。

しかし、80年代にカラヤンがベルリンフィルを使って録音したシベリウスは響きがあまりにもリッチであるがゆえに、聞き終わった後に妙な虚しさを感じたことも事実でした。
例えば、ベルリンフィルの能力をフルに活用して音価を目一杯長めに取った第2番の終楽章などは、結果としてハリウッドの映画音楽のように響いてしまったことも事実なのです。

確かに、時代が下がるにつれてベルグルンド盤、さらにはサラステ盤、ヴァンスカ盤などが出てきて、このバルビローリ盤にはいくつもの問題点を感じるようになってきたことは事実です。
フィンランド語が内包するリズムに従って彼の音楽を徹底的に解剖して、その成果を精緻に再現するという方法論は、今まで聞いたことがなかったような新しいシベリスの姿を提示してくれました。

そうなると、ハレ管の抱える問題とバルビローリの職人的気質に物足りなさを感じることも事実です。
さらに言えば、フィンランド語のリズムが分からない奴にはシベリウスの音楽が分かるはずがない等という「原理主義」的イデオロギーも持ち込まれて、最近ではすっかり影が薄くなりつつあることも否定できません。
ですから、この録音はシベリウス演奏の「メートル原器」としての地位は既に失っていることは否定できません。

しかし、その手の「原理主義」的イデオロギーには注意が必要なことはクラシック音楽だけに限った話ではなくて、社会における色々な場面で思い知らされてきました。

今さら繰り返すまでもないことですが、「原理主義」の問題点は、自らの「原理」のみを絶対的なものとしてそれ以外のアプローチの全てを「誤った」ものとして全否定してしまうことです。
とは言え、寛容で多様性を許容する「原理主義」というのは論理矛盾そのものですから、その手の「原理主義」に絡め取られないためには自分の身近な場所に対抗勢力を養っておく必要があります。

あの「ピリオド演奏」という「原理主義」にしても、身近に50~60年代の古き良き録音を養っておけば、あんなにも容易く絡め取られることはなかったのです。
ですから、このバルビローリとハレ管によるシベリウス演奏なども、絶対に「過去のもの」にしてしまってはいけない録音だと言えます。

そして、常に身近に置いておいて、時々は聞き直してみるべき演奏なのです。