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ワルトトイフェル:スケートをする人(スケーターズ・ワルツ) 作品183
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1957年5月3日録音をダウンロード
通俗音楽というレッテルを貼られても、今もなお演奏される作品が残るというのは凄いことです
作曲家としてはほとんど忘れ去られた存在ですが、この「スケートをする人」や「女学生」などは今もってそれなりの知名度を維持しています。
フランスのアルザス地方に生まれたワルトトイフェルは、同じ時代に活躍したJ.シュトラウスと同じように楽団を指揮して数多くのワルツを作曲しました。
しかし、シュトラウスとくらべるとたおやかで優美であっても、音楽に込められたパワーのようなものが不足していることは一聴して明らかです。そのために、人々がワルツにあわせて踊り明かす時代が終焉すると彼の作品も忘れ去られていきました。
しかし、その作品の全てが歴史の淘汰によって消え去っていく凡百の作曲家とくらべれば、通俗音楽というレッテルを貼られていようと、今もなお演奏される作品が残るというのは凄いことであり、幸せなことだと言えます。
ちなみに、「女学生」という日本語のタイトルは全くの勘違いだったようです。
原題はスペイン語による「Estudiantina waltz」というもので、英訳では「Band of Students Waltz」となっています。これは「女学生」よりははるかにましですが、それでもニュアンス的にはいささか乖離があるようです。
昔のスペインには、貧乏学生を中心としたマンドリンやギターによる楽団があり、彼らは伝統的な衣装を身にまとって町に繰り出しては施しをもらい勉学の費用に充てるという習慣があったようです。
その楽団のことを「Estudiantina」と言ったのですが、どうやらそれを「estudiante(学生)」という名詞の女性形だと勘違いして「女学生」と訳したようなのです。
ただし、音楽の雰囲気からいってもそれは「絶妙なる誤訳」だったと言えます。
また「スケートをする人」は日本では「スケーターズ・ワルツ」として知られていて人気があるのですが、ヨーロッパではそれほどの認知度はないようです。
ただし、カラヤンは何故かこの作品が好きだったようで録音も残していますし、あのトスカニーニも素晴らしい録音を残しています。
確かこの御大二人は「女学生」は録音していないと思いますので、日本人の感性も馬鹿にしたものではないのかもしれません。
19世紀のパリの上流社会ではワルツと同様にスケートが大流行していて、そこに商機を見つけたワルトトイフェルがスケートをする人々のワルツを思いついたのでしょう。
この作品の魅力は、冒頭のホルンによる牧歌的なメロディに集約されていて、後はこの旋律を基軸にジャンプする姿や鈴をつけて滑走するワルツが絡まっていきます。
バルビローリによって徹底的に仕込まれた弦楽合奏の情感溢れる歌い回しが素敵です
先日、バルビローリの指揮によるレハールの「金と銀」をアップしたのですが、そのジャケットを見るとワルトトイフェルの「スケートをする人(スケーターズ・ワルツ)」がカップリングされていました。なるほど、「金と銀」のようにウィーンの世紀末的な雰囲気が漂うような作品だとハレ管の響きに物足りなさを感じてしまったのですが、こういう作品だとそう言う不満もあまり感じません。
不思議に思うのは、ワルトトイフェルの作品としてこの「スケートをする人」が上がるのは日本の特徴であって、ヨーロッパではワルトトイフェルのアルバムを作るときでもこの作品は除外されることがあるらしいのです。
にも関わらず、カラヤンとトスカニーニという御大二人がこの「スケートをする人」を録音しているのです。そして、一般的にはワルトトイフェルの代表作とされる「女学生」は録音していない(と思う)のです。
とりわけ、トスカニーニの真っ向から挑みかかるような指揮ぶりには驚かされてしまいます。
「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」という言葉がありますが、こういう演奏を聞かされると、トスカニーニはこの作品を「鶏」だとは思っていなかったことがよく分かります。
それと比べれば、カラヤンやバルビローリの演奏はそこまでムキにはなっていません。
しかし、つまらぬ「小品」と思っていないことも事実で、その洒落た、そしてこの上もなく優美な歌い回しは大したものです。
特に、バルビローリによって徹底的に仕込まれた(そう、鍛え上げられたではなくて仕込まれた)ハレ管の弦楽合奏の情感溢れる歌い回しと響きはこういう作品に対してはジャストフィットしています。
と言いつつ、ここでもトスカニーニの録音はアップしていないことに気づきました。
近いうちにアップしたいと思いますので(こういう中途半端な小品ばかりアップするな、と言う声もあるのですが・・・^^;)、是非とも聞き比べてみてください。
人よってはトンでも演奏と言われるかもしれないのですが、そう言う真っ向から真っ二つにたたき割るような演奏も捨てたものではないと私などは思ってしまいます。