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ドヴォルザーク:序曲「我が故郷」 Op.62
カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 1962年2月録音をダウンロード
チェコの人なら誰もが知っている二つの主題に基づいたソナタ形式になっている
チェコの近代演劇の確立者と呼ばれているヨゼフ・カイエターン・ティルの一代記を演劇とした芝居の付随音楽として作曲されたものです。その付随音楽は全体で10曲からなる作品だったようなのですが、演奏される機会があるのはこの「序曲」だけのようです。
ティルはチェコの独立運動に参加し、その弾圧の中で旅役者に身を落とし極貧の中でなくなった人物らしいのですが、その功績は高く評価され、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」が初演されたことでも知られるプラハの劇場は現在では「ティル劇場」と名づけられているそうです。
ただし、シャンベルクなる人物によって書かれたティルの一代記は際物的要素の多いお芝居で、その評価はあまり高くなかったようなのです。
しかし、ドヴォルザークの序曲はそう言うお涙頂戴的な雰囲気とは全く異なる堂々たる音楽に仕上がっています。
なお、私たちには実感がしにくいのですが、この序曲はチェコの人なら誰もが知っている二つの主題に基づいたソナタ形式になっているそうです。
その主題とは「あのわが家の庭先で」という民謡で、もう一つは「ふるさとはいずこ」という劇中での音楽だそうです。特に、この「ふるさとはいずこ」は現在のチェコの国歌の中にも使われているそうです。
この序曲が作曲された40代前半のドヴォルザークというのは、彼の中でも民族主義的な要素が強く出た時期だったようです。
深いところでチェコの地に根をはりめぐらせていたのかもしれない
ふと気がつくと、ドヴォルザークの「序曲」を一つもアップしていないことに気づきました。すでに何度かふれたことなのですが、名前はとても有名なのに、聞かれる機会のある作品がとても少ないという作曲家がいます。もっとも、その作曲家が「寡作」であるならばそれも仕方のないことなのですが、それこそ多くのジャンルで優れた作品を数多く残しているのならば、それは何とも勿体ない話と言うことになります。
そして、このドヴォルザークなどもそう言う「勿体ない」存在の典型かもしれないのです。
ドヴォルザークは多くの交響曲を残しているのですが、聞かれる機会が多いのは「新世界より」くらいのものですし、管弦楽曲と言えば「スラブ舞曲」だけが飛び抜けて有名です。
もちろん、それ以外にも交響曲で言えば8番と7番、管弦楽曲で言えば「弦楽セレナーデ」あたりがそれなりのポピュラリティを維持していますが、それ以外となると一気に知名度は落ちます。
しかし、ドヴォルザークがアメリカに移り住む前、概ね40代の頃に書かれた、「序曲」とタイトルのついた一連の管弦楽作品はまさに創作の脂ののりきった時期の作品であり、音楽的な充実度という点では非常に優れたものがあります。
ただし、それらの作品にはアメリカ時代のペタントニックを多用したことからくる分かりやすさやとは無縁ですし、ボヘミヤの民族色が色濃く溢れているわけではありません。しかし、この時代のドヴォルザークらしいしっかりとした構成とオーケストレーション、そして何よりもメロディーメーカーとしてのドヴォルザークの特長が発揮された佳作ばかりです。
しかし、演奏会で取り上げられることはそれほど多くはありませんし、録音の数もそれほど多くはありません。
ある意味、そう言う隠れた「佳作」を今まで一つも取り上げてこなかったのはやはり大きな欠落と言わざるを得ません。
と言うことで、そう言う「佳作」を誰の演奏で取り上げるべきかと思案すれば、真っ先に思い浮かんだのがこのアンチェル&チェコフィルの録音です。
もちろん、それは本場のお国物だ等という安易な理由ではありません。そうではなくて、それとは真逆の、これらの作品の持っているしっかりとした構成とバランス良く鳴り響くオーケストラの姿が見事にとらえているからであり、さらに言えばそう言う手堅さと同時にしなやかに歌うドヴォルザークの美質も見事にとらえられているからです。
この一連の「序曲」は1961年から1962年にかけて録音されているのですが、ある意味ではこのコンビによるもっとも幸福な時期の録音だったのかもしれません。
そう言えば、アンチェルは1968年に起きた「プラハの春」への弾圧をきっかけに亡命をして、カナダのトロント交響楽団で常任指揮者をつとめるのですが、それほど目立った仕事をすることなくこの世を去ってしまいました。
アンチェルと言えば「民族色」などというものからは距離を置いていたように見えたのですが、深いところでチェコの地に根をはりめぐらせていたのかもしれません。そして、その根っこから引き抜かれ事によって、何か大切な物を失ってしまったのかもしれません。