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チャイコフスキー:くるみ割り人形, Op. 71a(抜粋)


ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1963年12月16日録音をダウンロード

  1. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [1.Overture]
  2. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [2.Act1 March]
  3. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [3.Act1 Journey Through the Snow; Waltz of the Snowflakes]
  4. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [4.Act2 Chocolate (Spanish Dance)]
  5. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [5.Act2 Coffee (Arabian Dance)]
  6. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [6.Act2 Tea (Chinese Dance)]
  7. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [7.act2 Trepak (Russian Dance)]
  8. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [8.Act2 Dance of the Mirlitons]
  9. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [9.Act2 The Old Woman Who Lived in a Shoe; The Buffoons]
  10. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [10.Act2 Waltz of the Flowers]
  11. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [11.Act2 Pas de deux]
  12. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [12.Act2 Variation I - Variation II (Dance of The Sugar Plum Fairy)]
  13. Tchaikovsky:The Nutcracker, Op.71 [13.Act2 Finale Waltz and Apotheosis]

メルヘンとファンタジーの世界



チャイコフスキーの三大バレー曲の中では最もまとまりがよく、また音楽的にも充実しているのがこの「くるみ割り人形」です。
物語はクリスマスイブにおける少女の一夜の夢です。全体の構成は以下の通りです。

序曲
冒頭のの音楽はまるでおもちゃのシンフォニーを思わせるような雰囲気で始まります。まさに、クリスマス・シーズンに相応しいメルヘンの世界の始まりです。
>h4><第1幕・第1場>
第1曲 情景 <クリスマスツリー>
市会議長のスタールパウム夫妻が召使いとともにクリスマスツリーの飾り付けをしているシーンです。やがて、ティンパニーの強打とともに子どもたちが登場して行進曲へと引き継がれていきます。

第2曲 行進曲
とても有名なメロディで子どもたちが嬉しそうにクリスマスツリーのまわりを飛び跳ねます。

第3曲 子供たちの小ギャロップと両親の登場 (Petit galop des enfants et entree des parents)
子どもたちの踊りはさらに楽しさを増していきギャロップのリズムにのって踊りまわります。やがて、音楽がメヌエットに変わると仮装した親たちが登場します。

第4曲 踊りの情景 <ドロッセルマイヤーの贈り物>
音楽が突然やむとロッセルマイヤー老人が登場します。この時のヴィオラとトロンボーンによる音楽はとても印象的です。はじめ老人はプレゼントとしてパイとキャベツを渡すので子どもたちはがっかりしてしまいます。しかし、兵隊人形のアルカンと女の子の人形コロンビーヌを取り出すと、この2つの人形はパ・ド・ドゥを踊り出したので子どもたちの喜びが一気に爆発して最後は陽気なプレストで音楽が終わります。

第5曲 情景と祖父の踊り
子どもたちの眠る時間がきたことを暗めのワルツが暗示します。
人形を寝室に持っていこうとする事を親に注意されたことに不満を持つ子どもたちに、老人はポケットからくるみ割り人形を取り出して二人に渡します。
ところが、二人はたちまち人形の奪い合いをはじめ、クララの人形はフリッツにこわされてしまいます。勝ち誇ったフリッツは友達と馬鹿騒ぎを始めるのですが、親たちはそれを静めるために「グロースファーター」の踊り(パーティーの終曲)を始めます。

第6曲 情景 <招待客の帰宅、そして夜>
招待客は全て家路につきクララも寝室に戻るが、やがてくるみ割り人形を取りに部屋にやってきます。この時のクララの不安な気持ちを表す音楽はクラリネットとファゴットで見事に描写されています。
そして、突然フクロウ時計が12時を告げるとネズミが現れて駆け回り、クリスマスツリーはみるみる巨木へと変身し、お菓子からは兵隊人形があらわれて部屋中を歩き回ります。
ここからがいよいよファンタジーの世界の始まりです。

第7曲 情景 くるみ割り人形とねずみの王様の戦い>
見張りの兵隊はネズミをとがめたことで兵隊人形とネズミの大群が戦闘を開始します。やがて、くるみ割り人形が起き上がって兵隊を指揮すると、ネズミの方も王様が現れて二人は一騎打ちを開始します。やがて形勢はネズミの王様に有利となり人形が危ういと見たクララは思わずスリッパをネズミの王様に投げつけてしまいます。その事でネズミの王様は倒れネズミの大群は逃げ去ります。
やがて音楽は優美なものへと変わると、くるみ割り人形は凛々しい王子様に姿を変えています。そして、彼は命を助けてもらったお礼にお菓子の国へ招待することをクララに申し出ます。もちろんクララは大喜びで、やがて二人は手を取り合って旅立っていきます。

<第1幕・第2場>


第8曲 情景 <松林の踊り>
クララと王子様は互い手を取り合ってお菓子の国を目指します。二人が夜の松林にさしかかると、雪の精が松明を手に二人を出迎えます。
第9曲 雪片のワルツ
雪の精の王様と女王が華麗なワルツを踊ります。やがて吹雪の隙間から月明かりがもれてきて、全編中最も幻想的な場面を描き出します。そして、クララと王子様はボーイ・ソプラノの天井的な響きにのって粉雪が舞う中を魔法のお菓子の国へと旅立っていって第1幕の幕がおります。

<第2幕>


第10曲 情景 <お菓子の国の魔法の城>
魔法の城があらわれ、二人がお菓子の国に到着したことを暗示します。

第11曲 情景 <クララと王子の登場>
クララと王子様はバラ色の氷の川を金の船に乗ってお菓子の国へ到着します。すると、女王様を先頭に多くの人々が二人を出迎えます。
やがて、王子はクララが命の恩人であることを女王に話し、ネズミの王様との戦闘が回想されます。

第12曲 ディヴェルティスマン [登場人物たちの踊り]
ここからが、このバレエの一番の見せ所で、様々なお菓子の精がクララを歓迎するために踊りを披露します。

  1. チョコレート<スペインの踊り> [ボレロ]

  2. コーヒー <アラビアの踊り> [コモード]

  3. お茶 <中国の踊り>

  4. トレパック <ロシアの踊り>

  5. 葦笛 <葦笛の踊り>

  6. ジゴーニュ小母さんと道化たち


第13曲 花のワルツ
全曲中最も有名な音楽です。
金平糖の精の侍女たち24人が華麗に踊りを披露します。

第14曲 パ・ド・ドゥ <金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥ>
ここが全編中の最高のクライマックスとも言うべきシーンです。そのファンタジックな雰囲気と言い音楽の美しさ、踊りの見事さ、どれをとっても最高の場面です。
原作では金平糖の精とコクリーシュ王子が踊るようになっているのですが、最近では金平糖の精とくるみ割り人形の王子が踊ったり、またはクララとくるみ割り人形の王子が踊ったりといくつかのバリエーションが出てきています。
しかし、最近の流行は「クララとくるみ割り人形の王子が踊る」パターンのようです。

  1. アダージュ

  2. ヴァリアシオン 1

  3. ヴァリアシオン 2

  4. コーダ


第15曲 終幕のワルツとアポテオーズ
全員が明るく踊り、場はいっそう盛り上がるが、やがて第10曲の情景のメロディが流れてきて終曲へと向かいます。王冠をかぶったクララは幸福感に酔いしれる中をチェレスタの神秘的な響きの中で全曲は幕を閉じます。

いやぁ、こうして解説文を書きながらでも、そのあまりの「臭さ」に驚きますね。どんな夢見る夢子ちゃんでも裸足で逃げていきそうなほどの「恥ずかしさ」に満ちています。
しかし、徹すれば通ずるではないですが、それがまたいいんですね。

まずはお聞き遊ばせ

ジョン・ウィリアムズの作品がウィーン・フィルによって取り上げられたと言うことが少しばかり世間で話題になっているようです。レコード会社が宣伝しているように「歴史的なコンサート」かどうかは分かりませんが多少は興味をひかれたのでテレビで放送があったので見てみました。
率直に言って、そこで聞くことのできた音楽はどこか「薄さ」みたいなものを常に身にまとっていました。

ただし、ジョン・ウィリアムズがロンドン響やボストン・ポップス・オーケストラを指揮した録音と比較してみれば、その「薄さ」みたいなものは大幅に回避されていたことは事実です。
そして、その「薄さ」は決して否定的な意味を持つものでないことにも気づかされました。

考えてみれば、映画音楽というのは音楽だけで自立するものではありません。
より強くいえば音楽として自立してはいけない存在です。
何故ならば、それは常に映像と合わさることによって一つの世界として完結することが求められるのであって、音楽だけが前面に出て強く自己主張をし始めるのは決して誉められた話ではないのです。

しかし、今回のウィーン・フィルとのコンサートでは映像が伴いませんから(テレビ放送では部分的に伴っていましたが)、そう言う背景は無視をして「音楽」だけの作品として演奏しきっていました。それだけに、今までにない魅力を感じたのですが、それでもどこか「薄さ」を完全に払拭できていなかったことも事実です。
しかし、それは決してジョン・ウィリアムズの才能に責を負うものではなくて、それが映画音楽というものが持たざるを得ない宿命みたいなものなのでしょう。

そして、それと似たようなことがバレエ音楽にも言えることに気づかされました。
それもまた、舞台との融合によって成り立つ音楽であり、さらに言えば、その比重はより舞台上で踊りを披露するダンサーの方に重きがおかれれるからです。
それだけに、舞台を伴わずに音楽だけでバレエ音楽を聞かされると、それもまた色々な意味で「薄さ」を感じてしまいます。しかし、そんなバレエ音楽の中でその手の「薄さ」からもっとも縁遠いのがチャイコフスキーでしょう。

そして、それでもなお残る「薄さ」を徹底的に排除して華麗に美しく演奏して見せたのが、このオーマンディとフィラデルフィア管による録音です。

オーマンディは通常の組曲版は使わずに、より多くの音楽を取り込んでいるので録音クレジットとしては「ハイライト版」と記されています。そして、世間的にはこの「ハイライト版」というのはどうも低く見られる傾向があります。いや、もっと積極的に「否定的」な態度を取る人も少なくありません。
しかし、これは考えてみれば不思議な話で、組曲版はそう言うハイライト版よりもさらに曲数を減らしているにもかかわらず、そちらの方は「全曲版」に準ずる正規な作品として受け入れられるのです。
ところが、演奏者が全曲版からより全体像が把握しやすいようにより多くの作品を選び出して演奏すると「ハイライト版」と呼ばれて中途半端な存在として軽視され否定されるのです。

その背景には、組曲版は作曲家自身によってセレクトされたという錦の御旗があり、その錦の御旗が原典尊重が何よりも大切にされる時代にあっては絶対的な意味を持つからでしょう。
しかしながら、チャイコフスキーの場合で言えば、作曲家自身が実際に組曲版に編集したのは「くるみ割り人形」だけです。
それもまた自作によるコンサートが目前に控えているにもかかわらず手元に新作がなかったので、急遽作曲中の「くるみ割り人形」から8曲を抜き出して演奏会用組曲にするという、些か不純な動機に基づくものでした。

また「眠れる森の美女」に関しては、アレクサンドル・ジロティがチャイコフスキーに提案をして、その了承の元にジロティが編集したものです。
さらに、「白鳥の湖」に至っては、「出来が良いものと考えた曲を選んで組曲を作る」という手紙をチャイコフスキーからもらっていたと言うことを根拠に、全くの別人がチャイコフスキーの死後に勝手に編集したものでした。そして、その編集にあたってチャイコフスキーの意志が反映していた可能性は限りなく低いというのが現代の定説です。

ですから、オーマンディのように、演奏する側が全曲版の魅力を伝えるために、自らの判断で選曲するのは決して悪い話ではないのです。
例えば、チャイコフスキーお墨付きの「くるみ割り人形」であっても、私はいつも「花のワルツ」の後に「Pas de deux」が入っていないことが大いに不満でした。嬉しかったのは、あのムラヴィンスキーも同じ事を考えていたのか、彼が録音した「くるみ割り人形」の組曲には「Pas de deux」が追加されていました。
よって、個人的にはその一事だけでも、このオーマンディ版の方を歓迎します。

さらに付け加えれば、舞台を伴わない音楽だけでバレエ音楽を全曲聞き通すというのはかなりの忍耐力を必要とします。とりわけ、オペラなどでも同じ事が言えるのですが、実際の舞台を一度も見たことがない場合はほとんど「苦行」にちかくなります。
さらに言えば、「眠れる森の美女」に至っては短縮版で2時間、カットなしでやれば3時間も要します。
それを音楽だけで聞き通すのはあまりやりたい経験ではありません。
その意味では、選択する曲数を巧みに増やして、「ハイライト版」と言うよりは全曲の「短縮版」のように仕上げたオーマンディのやり方は十分に肯定されるべきものでしょう。

そう言えば、「眠れる森の美女」に関しては上演時間があまりにも長くなるので、これをバッサリと短縮して「オーロラ姫の結婚」というタイトルにして上演したディアギレフのような人もいました。
オーマンディもまた、そう言うディアギレフ的なエンターテイメント性を強くもっていた人なのです。しかしながら、どうにもこうにもそう言う方向性はこの島国ではあまり評価されないのです。

しかしながら、眉間に皺を寄せて聞くだけがクラシック音楽ではないのですから、「ハイライト版」というクレジットだけでスルーすることだけはないように、切にお願いします。
まずはお聞き遊ばせ・・・です。

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