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リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調, S.124(Liszt:Piano Concerto No.1 in E flat major S.124)


(P)レナード・ペナリオ:ルネ・レイボヴィッツ指揮 ロンドン交響楽団 1963年3月12日~18日録音(Leonard Pennario:(Con)Rene Leibowit London Symphony Orchestra Recorded on March 12-18, 1963)をダウンロード

  1. Liszt:Piano Concerto No.1 in E flat major S.124 [1.Allegro maestoso - Tempo giusto]
  2. Liszt:Piano Concerto No.1 in E flat major S.124 [2.Quasi adagio - Allegretto vivace - Allegro animato]
  3. Liszt:Piano Concerto No.1 in E flat major S.124 [3.Allegro vivace]
  4. Liszt:Piano Concerto No.1 in E flat major S.124 [4.Allgro marziale animato]

循環形式によるソナタ形式を初めて完全に実現させた作品



「ピアノのパガニーニ」を目指したリストなので、ピアノの独奏曲は数多く残していますが、協奏曲となると完成した形で残されているのはわずか2曲です。これを少ないと見るか、それともこんなものと見るかは難しいところですが、作品の認知度という点で言えばかなり落ちることは事実です。
例えば、ショパンやブラームスもピアノ協奏曲は2曲しか残していませんが認知度は抜群です。
シューマンは1曲しか残しませんでしたが、認知度ではリストの協奏曲を少し上回る雰囲気です。

しかし、実際に聞いてみると、これがなかなかに面白い音楽なのです。

たとえば、ハンスリックが「トライアングル協奏曲」と冷笑した第3楽章は、そう言われても仕方がないほどにトライアングルの響きが突出しているのですが、音響的な面白さは確かにあります。
また、バルトークが「循環形式によるソナタ形式を初めて完全に実現させた作品」と評価したように、決してピアノの名人芸ををひけらかすだけの音楽でもありません。
そう言われてみれば、冒頭の音型があちこちに姿を現すような雰囲気があるので、ある種のまとまりの良さを感じさせますし、4つの楽章が切れ目無しに演奏されるので、ピアノ独奏を伴った交響詩のようにも聞こえます。

そして、最終楽章の怒濤のクライマックスは、やはり「ピアノのパガニーニ」を目指したリストの真骨頂です。
聞いて面白いと言うことでは、決して同時代のロマン派のコンチェルト較べても劣っているわけではありません。


  1. 第1楽章:Allegro maestoso

  2. 第2楽章:Quasi Adagio

  3. 第3楽章:Allegretto vivace. Allegro animato

  4. 第4楽章:Allegro marziale animato



常に「軽み」を失わない

「レナード・ペナリオ」というピアニストは小澤征爾が伴奏を務めた時のソリストとして一度取り上げた時に初めて出会ったのですが、恥ずかしながら「レナード・ペナリオって、誰れ?」というかんじでした。
調べてみれば、12歳でグリーグのピアノ協奏曲をダラス交響楽団と共演して神童として名を馳せたピアニストらしいです。さらに、「ラフマニノフ追悼演奏会」で協奏曲の第2番も演奏し、その後は彼の「ピアノ協奏曲全曲」と「パガニーニの主題による狂詩曲」の録音を初めて成し遂げた人物として記憶されています。

リヒャルト・シュトラウスの「ブルレスケ」の最後のカデンツァなどを聞けば、大変なテクニックを持ったピアニストであることが分かります。
20歳前後にしてその才能を全面的に開花させ、その後も「只の人」になることなく長く活動を続けてきたことがよく分かる録音でした。

しかし、何故か今のこの国から眺めてみれば、少なくない人(私も含めて)にとっては「レナード・ペナリオって、誰れ?」というかんじになっているのですから不思議です。
それも、早くに指揮者に転向したとか、教育活動に舵を切ったとか、さらには早くして燃え尽きたというわけでもなく1990年代まで精力的に活動していたらしいので、不思議と言えば不思議です。

ただし、彼の録音をある程度まとめて聞いてみると、何となくその理由が分かるような気がします。
それは、ソリストとして必要な「オレがオレが!」という我欲が非常に少ない人だったと言うことです。
特に、室内楽などになるといつも一歩引くような感じで全体のバランスをとることに力を尽くし、自分が目立とうという気持ちは全くなかったことがよく分かります。
ハイフェッツが室内楽のパートナーとして彼をよく指名したらしいのですが、「なるほど、さもありなん」と思わさせられたものです。

そして、それは協奏曲のソリストとしてもスタンスは変わらず、己のテクニックを「どうだ!」と言わんばかりに誇示することはなく、常にどこか飄々とした感じで、難しいところもさも簡単そうにサラリと演奏してしまうのです。
言葉をかえれば、常に軽み(「かろみ」と読んでください)を失わないのです。

しかしながら、そういう軽みのある楽しい音楽として演奏をしてくれる人は、この国では何故か軽く見られてしまうのです。
しかし、年を重ねてくると、そういう演奏に心安らぐのです。